第13話 エピローグ

 友哉が失踪した日、僕は友哉と里見さんを車に乗せ、友哉の実家へ向かった。

 車内で話すうちに二人のわだかまりは解けていった。友哉が素直に謝り、反省の言葉を口にしたからだ。

 途中スーパーに寄って食材を買い込み、到着したのは五時を回った頃だった。


 母親は息子の姿を見ると、心底ほっとしたように微笑んだ。

「いらっしゃい」

「ただいま」

「お邪魔します」


 ダイニングには、すき焼きの準備が整っていた。

「野菜切るから持ってきて」

 母親がそう言うと、里見さんが「手伝います」と台所へ向かう。僕と友哉は喉の渇きに負け、先に缶ビールを開けてしまった。

「もう始めてるし!」

 里見さんに咎められ、僕と友哉は顔を見合わせて笑った。


「俺が肉食いたいって言ってたし、焼くよ」

 友哉が肉を焼いてくれた。

 ジュージューと肉の焼けるいい匂いがする。

「うまそー」

 僕がいう。

「焦げてるじゃない。見てらんないわ」

 そう言って里見さんがネギを焼き、豆腐、白滝、えのきを入れ、割下を入れてくれた。


 里見さんも缶ビールを開けた。

「乾杯しましょう」

「何に?」

「無事生還に」

「カンパーイ!!」

 

 賑やかな食卓の合間に、僕は真顔で切り出した。

「なあ、友哉。睡眠時間てどれくらいなの?」

「ここんとこ忙しいからニ、三時間てとこかな」

「すくねーな。会社辞めろ。若しくは、休職しろ」

 僕ももう、命令口調だ。

「うーん……忙しいのもあるけど、ねらんねーのよ」

 友哉はもう観念したようになんでも答えた。

「私のことは考えなくていいのよ」

 と、友哉の母親も口を挟む。

 僕は、

「友哉が会社辞めるか、休職するまで、家に帰りません」

 というと、みんな驚いていた。


 しばらく友哉は考えていたが、こう言った。

「わかった。休職して、休養するよ」

 そして、

「来年からバスケチームのホームアリーナ建設あるから、退職はしたくないんだ」

 と言った。

「僕は、マジで友哉のことを心配してるんだよ」

「わかってる。心配かけてゴメン」

 友哉はそういうと、僕に謝った。

「僕だけじゃない、里見さん、お母さんもだよ」

 友哉の目に、涙がにじんでいた。


 しんみりした空気を払うように里見さんが言った。

「すき焼きそろそろいいんじゃない? ご飯食べる人いる?」

「はーい。食べる」

 と僕。

「俺もちょうだい」


 かなりの量の食材を買ってきたが、すぐ無くなりそうだ。

「里見さんもおばさんも食べなよ」

 と、僕が言った。

「無くなる前に頂きましょうか」

 とおばさん。


 ――一時間後。

 みんなお腹いっぱいになった。

「里見さん、そろそろ帰らないと……?」

 後片付けしている里見さんに僕は言った。

「あ、じゃあ、お願いします」

 里見さんは、にっこり微笑んだ。いつもの笑顔に戻っていた。

「僕、駅まで送ってきます」

「気をつけてね」

 とおばさん。


 二人が出て行くと、友哉の母は、息子にこう言った。

「優しいお友達じゃない」

 目には涙が溜まっていた。

 

 ◇

 

 ――駅。

「今日は本当に付き合ってくれてありがとう。友哉も戻ったし感謝しかない」

「私が見つけたわけじゃないけどね」

 里見さんはペロッと舌を出し、相変わらず可愛らしい笑顔を見せた。

「お疲れ様」

 僕は、駅の中に消えていく背中に手を振った。

 

 僕が戻ると、友哉は自分の部屋に行ったようだった。

「お風呂沸いてるわよ。今日泊まってくわよね?」

「良ければ泊まります」

「友哉の服だけど、着替えもあるわよ」

 (サ、サイズ……いけるかな……?)

 風呂から上がって着替えると、案の定、ブカブカだった。

 また、スーツに着替えた。

「友哉の部屋は、二階の右の部屋よ。隣の部屋が空いてるから使ってね」


 二階に上がり、友哉の部屋のドアをノックした。

「入るよ」

 友哉は、僕に会社の集合写真を見せた。

「ここの真ん中のおっさんだけど、俺が唯一尊敬する上司」

「そうなんだ」

 写真は小さくてわかりづらいが、優しそうで、なんとなく頼れそうな顔をしている。

「この人に育ててもらってすごく恩があるんだ。たくさん、助けてもらったんだよ」

 友哉は遠い目をして何かを思い出しているようだった。

「なら、なおさら、ゆっくり休んで復帰しないと」

「まあ……そうだね」

 友哉はニコッと微笑んだ。

「風呂入ってくるわ」

「僕も隣の部屋行っとく。おやすみ」

「おやすみ。夜這いすんなよ」

 と言って友哉は笑った。


 僕は、隣の部屋の客用布団を敷いて横になった。

 急に疲れがどっと来て、睡魔に襲われた。


 ――――ここはどこ?

 周りは、明るくて黄色く光っている。

「聡」

 僕は、名前を呼ばれて振り返った。

「じーちゃん」

 祖父が、微笑んで立っている。

「ようやったの。もう安心して良いぞ」

「本当?もう友哉は、自殺したりしない?」

 祖父は、黙って頷く。

「お前が逃げずに寄り添うことで、お前の気持ちが伝わった様じゃ」

 僕は泣いていた。

「自殺は止めるだけじゃダメじゃ。寄り添うことが肝心じゃ」

「よくやった聡。お前の勝ちじゃ。『マッタ』成功じゃな」

 祖父の笑い声が遠くなって行く――

 

 ◇

 

 ――朝。

 目を覚ますと、頬が濡れていた。

「じーちゃん……ありがとう」


 一階に降りると、友哉が言った。

「会社に休職の連絡をしたよ」

「そうか……」

 僕はただ、笑って頷いた。


「僕はそろそろ行くわ」

 そう言って、車に向かった。

 車に乗り込むと、東の空にはまだ淡い朝焼けが残っていた。

 電波塔の紅白だけが、くっきりと浮かび上がっていた。

 

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心読み 〜感情のアンテナ〜 天笠唐衣 @aisya12

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