第4話 実家へ

 あれから数日経ったが、友哉とのラインは、既読にならなかった。

 めぼしい同級生にも連絡を取って見たが、友哉と最近連絡を取った人はいなかった。

「さあ、知らないなあ。何年も会ってないよ」

 一番仲の良かった島田でさえ、連絡を取り合っていなかったようだった。

 

「なにかあったんだろうか……」

 心配で仕事が集中できず、ミスが目立つようになってきた。

「今週末、家に訪ねに行くか」

 そう決めたら、少し気が楽になった。

 

 ◇ 

 

 ――土曜日の朝。都内某所の友哉の実家に行くことにした。

 そこは、うちの地元から電車で一時間くらいの距離がある。

 実家の電話番号は、わからないが、数年前、車で送った際のうろ覚えの記憶の頼りに探した。


 当時、夜中に友哉から電話がかかってきてびっくりしたものだ。

 会社の飲み会で飲み過ぎて、逆方向の電車に乗り、東京の郊外まで乗り過ごしてしまったという。

 僕は車で迎えに行った。三時間かかったが、さらに家まで送ったのであった。

 彼はバツが悪そうにしていたが、僕は頼られて嬉しかった。

 夜だから曖昧な記憶ではある。

 

 なんとか、勘を頼りに家に着いた。

 しかし、突然訪ねていいのだろうか。

 いや、そんなことを言っている場合ではないと思う。何も問題なければそれはそれでいいのだが……


 (ピンポーン)

 

 インターホンの呼び鈴を鳴らした。

 しばらく待つと、

「はーい。どなた?」

 と年配の女性の声がした。

「友哉くんの白桜高校の同級生、鈴木聡といいます」

 しばらく間があってから、返事があった。

「今開けますね」


 ガチャ、と鍵の空いた音がして、ドアが開いた。

 友哉を小さくしたような年配の女性だった。多分母親だろう。

「友哉くんいますか?」

 何気なく訪ねたつもりだった。

 母親らしき人は、急に悲しげな表情に変わった。

「友哉はね、先月亡くなったの」


「え。まさか……」

 すぐには信じられなかった。

 母親に促されて、家に入ると、仏間に白木の位牌が置かれていた。

 その横には、白黒の写真立て。

 そこに映るのは、笑顔の友哉だった。

 胸が締めつけられ、呼吸が苦しくなる。

「嘘だろ」

 僕は、泣き崩れていた。

 四つん這いになって泣いている肩を、友哉の母が優しく撫でていた。

「聡くんの話は、友哉もたまにしていたわ。仲のいいお友達だって話していたわ」

「……」

「聡くんには言っておくわ。友哉は、自殺したのよ」

「えっ」

 僕は、しわくちゃになった顔を母親に向けた。

「遺書があるわ」

 友哉の母は、引き出しから一冊のノートを取り出した。

「最後のページに遺書があるわ」

 僕は、そっとページを捲り、最後のページを読んだ。

 

『皆へ

 先立つ不幸をお許しください。

 理由は、多分、弱かったんだと思う。

 バスケのチームから外され、あの楽しかった日々が終わってしまったこと。

 その代わりの昇進では、役職だけ上がり、責任ばかり押し付けられていた。上からのパワハラ、プレッシャー、下は下で自分勝手、好き勝手なやつばかり。

 眠る時間もなく、日々疲れが溜まる毎日。

 逃げられれば良かったけど、逃げる勇気もなかった。

 ごめん。

 本当にごめん。

 でも、妹の明奈、お袋、そしてオヤジ、みんなには感謝してる。

 今までありがとう。さようなら』


 僕は、悔しくて、怒りが込み上げてきた。

 ノートの紙がしわしわになるほど握りしめていた。

「これって、労災じゃないですか!悪いのは会社で、友哉、何も悪くないじゃないですか」

 僕は肩が震えた。

 

 母親が静かに言った。

「会社が悪いのかもしれない。でも裁判なんて、何年もかかるし、勝てる保証もないのよ……」

「……」

 僕は、線香を焚いた。

 手を合わせていると、少し気持ちが落ち着いてきた。


「おばさん、突然訪ねてすみませんでした。また改めて来ます」

「いいのよ。きっとあの子も喜んでるわ」

 母親にそう言われると、また悲しくなった。


 帰りの電車では、人目もはばからず、泣いていた。


 ひとつ疑問が湧いてきた。

 最後に友哉と飲んだ時、様子が少し違和感があったが、自殺を考えているほどの気持ちは読み取れなかった。

 いつもなら、大事なことなら読み取れていたはずなのに……。

 過去の能力のことを思い出していると、一つの考えが浮かんだ。

 もしかしたら、自分に関連する相手の気持ちだけ入ってくるのではないか? 僕に関係ないことは入ってこないのではないか、ということだ。


 今更、そんなことが分かったとしても、何の役にも立たない。

 僕は意気消沈して帰途に着いた。

 頭の中は、友哉のことでいっぱいだった。

 思い出せば思い出すほど、胸が締めつけられ、涙があふれてくる。


 布団の中で、何度も寝返りを打つが、一向に眠気はやってこず、思考だけが果てしなく巡っていく。


 ふと、祖父の言葉が蘇った。

 将棋を教わったあの日――

『マッタは人生一度きりじゃぞ!』

 その声が、不思議と頭の中で何度も木霊こだました。


「……もし、本当にやり直せるなら」

 ――友哉を救いたい。その一心だった。

 もし僕の能力が働いていれば。

 もし僕が彼を理解できていれば。

 もし僕が、ちゃんと言葉をかけられていたら――。


 わかっている。

 仮定ばかり考えたところで、彼は戻ってこない。


 やりきれない想いに、拳を強く握りしめ、僕は呟いた。

「『マッタ』って……言えればいいのに」


 その瞬間、部屋を包む宵闇が、僕を飲み込もうとした。


「っ!?」


 息ができない。得体のしれない何かが、激しくうねり、僕を押し流していく。

 まるで巨大な蛇に丸呑みされたかのような圧力。

 体の自由を奪われた僕は、歯を食いしばり、目を閉じて耐えるしかなかった。


 やがて、その圧迫がゆっくりと解けると、

 目を閉じたままでも、はっきりと光の差す場所にいることがわかった。

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