第3話 レストラン
次の日、会社に行くと僕より早く出勤している里見さんの姿があった。
席は離れているので直接顔を合わせることはないが、どうしても意識してしまう。
しばらくして、仕事の支度をしていると、里見さんがこっちに歩いてきた。
「昨日は、ごちそうさまでした。もっと色々お話ししたいので、また行きましょう」
少し顔を赤くしながら、里見さんは言った。
「ああ、いいよ」
あの辛そうな内容の会話を思い出して、僕は、気を使って言った。
里見さんはそそくさと席に戻っていく。
僕は、里見優香さんのことをどう思っているのだろう。
昨日里見さんの気持ちを感じて、悪い気はしなかったけど、ぼくも彼女のことが、好きなんだろうか。
◇
――定時後、今度は里見さんが選んだレストランに行くことになった。
今度は、洋食だ。
十八時半にビルの入り口で待ち合わせた。
「ちょっと歩くけど、いいかな?」
「時間あるし、いいよ」
暑かった夏が過ぎ、過ごしやすい気候になったし、多少歩いても汗はかかないだろう。
歩きながら、里見さんはスマホをかざして、僕にお店のサイトを見せてくれた。
肉料理が美味しいらしい。ハンバーグやステーキの美味しそうな画像が並んでいた。
「美味しそうだね。お腹すいたな」
僕がお腹を押さえて言った。
「私も」
里見さんが微笑みながら言った。
なぜか、今日はいつもより綺麗に見えた。
店に着き、僕らは、窓際の席に通された。
高級レストランという雰囲気で、僕は少し不安になった。
「ここ高そうだけど大丈夫?」
小声で彼女に囁いた。
彼女はクスクス笑って、
「このお店、親が経営しているから、大丈夫よ」
と言った。
僕は驚き、
「えっ?そうなの?」
と言った。
彼女は次女で、来年からこのレストランは、姉夫婦が経営する予定らしい。
「うちホテルも経営してるんだけど、そこはおじさんがやってるの」
「へえ、じゃあ里見さん本当にお嬢様なんだな」
「全然だよ、姉夫婦が大変そうだし……」
彼女は両手を組んだ上に顎を乗せてこう言った。
「私ね、聡くんのこともっと色々知りたいよ。どんな趣味とかあるの?」
「趣味……か。趣味なのかわからないけど、小さい頃から続けているのはあるよ」
「え?何?」
彼女は、目をキラキラさせながら聞いてきた。
「……将棋」
「へー!それって頭いい人じゃないとできないやつよね。それにいまブームよね」
彼女は感心した顔で僕のことを見つめた。
「一応、全国大会まで行ったことはある」
僕は、少し自慢げに言った。
「すごーい!」
彼女の目がまっすぐで、思わずグラスの水を口に運んで誤魔化した。
「里見さんは、趣味は何かあるの?」
質問する人は、自分が聞いて欲しい人もいるかもしれないと思い、僕は質問を返した。
「私はねえ。バスケ観戦かな。渡部選手チョーかっこいいんだよね」
「バスケ好きなんだ?」
「中学の時だけだけど、自分でもバスケやってたしね」
里見さんは、僕より少し低いくらいで、背が高い方だ。
「里見さん、背が高いほうだもんね。通りで……」
ふいに、彼女がスマホを出して、こう聞いた。
「バスケたまに観戦行くんだけど、一緒に行かない?」
どうやら、滅多に取れないバスケットボールの試合チケットが入手できたらしい。
「いいよ。いつ?」
「来週の連休の日曜日」
なんか、とんとん拍子に仲良くなっている気がする。
「オッケー」
僕はスマホの予定に早速入力した。
バスケといえば、友哉の所属する実業団のバスケチームのことが頭に浮かんだ。
「里見さんて、バスケの選手に詳しいの?」
「有名選手はわかるよ。だいたい」
「実業団のバスケの選手とかわかる?」
友哉の先日飲みに行った時の表情が気になったので、情報を集めたくなっていた。
「実業団かぁ。調べてみようか? 知り合いとかいるの?」
「うん。友達なんだけど。最近様子が変だから気になってて……」
「名前は?」
「荒木……。荒木友哉」
しばらく検索していたが、彼女がつぶやいた。
「いないみたいだねえ。プロ選手と違うから、そこまで載ってないのかな」
「えっ?マジ?」
予想しなかった展開に僕は驚きを隠せなかった。
「今度聞いて見たら?」
「そうだね……そうする」
このタイミングで、豪華な料理が配られた。
スプーンを持つ手に力が入り、フォークが皿に当たってカチリと音を立てた。
お腹いっぱい食べたが、どうも味わえた気がしなかった。
里見さんは満足そうだった。
「美味しかった。ご馳走様」
「ご馳走様でした」
「勘定はいらないから。親の奢りでーす」
と彼女はウインクした。
◇
自宅に帰ってから、友哉にラインしてみた。
忙しいのかなかなか既読にならない。
結局その日は、返事も来なく、既読にもならなかった。
暗い部屋にスマホの画面だけが光っていた。沈黙のままのチャット欄が、やけに冷たく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます