1🗡 零細貴族とガチャ



「……セーブ」



 多くの人々が賑やかに行き交う。

 繁栄を謳歌するハイランド王国の王都であるマンハットゥーの目抜き通り。

 その端をトボトボと歩く――何故か死んだ目をしている少年がそう呟いた。


 因みに、【大陸五国連盟ランダー・オヴ・ファイブ】のほぼ中央に座するハイランド王国の随一の都であるこの城塞都市マンハットゥーが、さる転生者の前世でよく見知る合衆国の某行政区とは一切関係が無いことをここに明白にしておくものとする。

 ハイランド文化の最先端であろうこの煌びやかな水上都市の名と同じ呼び名であることは偶然の一致というヤツであるだろうし、そもそも人口も文明も種族も、いや、世界すら何もかもが違うのだ。

 ただ、名付けには諸説ある。

 建国初期の時代、都市建設中の最中にとある旅の詩人がこの地を訪れたという。

 山岳に囲まれて隠されるようにあった豊富な水資源を讃えた神秘的な湖を見て『まるで山中に島が浮いているようだ』と感嘆の言葉と共に謳った古い歌詞、その中に登場するという異邦の地名が由来しているなどという説もある。



「……セーブ」



 だが、そんな事はどうでもよいことなのだ。

 特にこの貴族らしからぬ風体の少年。

 

 ――レオンハルト・リバーサイドにとっては。


 言わずもがな、神々の慈悲かもしくは単なる気紛れか、あの死んだ男が新たにこの異世界で転生した姿である。


 本来であれば、憧れの異世界転生を果たした彼の人生はまさに薔薇色で……となる予定であったが、その実はまさに曇天にも似た灰色の青春を送っていた。


 これでは前世と変わらない。

 否、前世の方が余程救いがあるだろう。

 何故なら日本国憲法が保障する偉大なる基本的人権によって、宗教・思想・表現を始めに身体の自由に職業選択の自由、そして、諸所の税金にさえ寛容になれば健康保険や失職手当まであったのだから。


 因みに、現在彼が生きるこの世界――その中でも割と恵まれている方のハイランド王国においてさえ以上のことはほぼほぼ許されてもいなければ保障すらない。

 何なら一般的な病院も無ければコンビニも無い。

 魔法治療院の治療代なり平均的な商店に並ぶ品物代ですら…平民層からすれば高過ぎるくらいだ。



「……セーブ」



 しかしだ。相変わらずブツブツと呟くこのレオンハルトは貴族の家に生まれた。

 このマンハットゥーにある貴族達の子弟が集う王下学術院にも通っている歴とした貴族の血縁である。


 が。誠に残念ながらレオンハルトの生家であるリバーサイド男爵家は決して裕福とは言えなかった。

 その暮らし振りも質素なもので、他の貴族や豪商から見れば治める領地の農民たちの暮らしと大差ない実にみすぼらしいものとして目に映ることであろう。

 いわゆる弱小、もしくは零細貴族とも呼べるものであった。


 レオンハルトがこの世に誕生してから既に十五年の月日が流れていた。


 そんな貧しい暮らしを強いられてなお、可愛い息子の将来の為にとレオンハルトの父親であるガーランドは、なけなしの金を集めて王都の学術院にレオンハルトを入学させてくれたのである。

 そんな親の想いを無下にも出来ず、レオンハルトは学術院の苦学生暮らしからも、この城塞都市からも逃げ出すことも出来ずに今日もまた下宿先の宿屋を出ると、こうして目抜き通りを独り歩いている。



「……セーブ。…いや、もう止めよう。哀しくなる。このままだと、いや現在進行形で鬱病になってしまう」



 レオンハルトはもうその言葉を口に出すことを止めることにした。

 何故ならどうやっても無駄だと既に知っているからだ。


 あの女神から貰えるという言質を取ったはずのチートスキル。


 言葉を発せるようになってから毎朝、毎晩と…試さなかった日はなかった。


 だが、彼の目の前には件のセーブ画面どころか、何か特別な能力が発動する片鱗すら感じられなかったのである。


 絶望である。

 何の力も持たず、この封建制度と絶対王政が根深いこの世界をどう生きろと?

 本来実装されるはずのチートスキルが使えないので、彼が当初思い描いていた異世界ライフは脆くも瓦解した。


 もう一度言うが、 レオンハルト・リバーサイドは絶望していた。

 故に普段から死んだ魚のような眼をしており、顔色も優れない。

 オマケに腹も減っている。

 慢性的な栄養失調からか同年代と比較するとややであった。

 

 しかし、そんな彼も今日まで何とか生き延び、今年で十五歳になった。

 

 この世界の成人年齢は正確には十七であるが、それは結婚や家督を引き継ぐのが許される貴族的な見識と法の下にあるもので、一般的には十五歳ともなれば大人の仲間入りをして本格的に働き出すものだ。


 そして、貴族籍に身を置きながらも日々の貧困に喘ぐレオンハルトが出稼ぎをすることは既に決定事項である。


 ここまで育ててくれた両親にせめてもの仕送りをしなければならないと彼は考えていたし、それ以上に甘える余裕がリバーサイド男爵家に無いという現実もある。


 それにバイト代として一切れほどのパンが貰えるアルバイト……本来は孤児などへの救済措置を受けられるのも十五歳までと決まっていたのである。

 数少ない生命線であった職を彼は数日前に失い、こうして腹の虫を鳴かせている始末。


 だが、そんなレオンハルトの眼は死んだ魚のようではあったが…今日ばかりは死んだままではいられなかったのだった。



🗡



 ハイランド王国における実質貴族学校でもある王下学術院。

 その広大な敷地の片隅の雑木林の中で何故か人が集まっている。


 その多くは学術院指定の制服を着た在学生たちであった。

 その人数は二十を超えた程度だが、それでも普段は寂しい場所にこれだけの若い男女が揃えば実に賑やかなものとなる。


 その集団の中には勿論、同じく在籍するレオンハルトの姿もあった。



「静粛に――今年で晴れて十五を迎えた若人である貴殿らに先ずは神々の祝福があらんことを…」 



 その場に居合わせる老神官が諸手を振り上げてそう宣言し、その場の集団を黙らせるとそのまま神々へと祈りを捧げる。

 王族に次いでの権威を持つ聖職者に対して、例え王侯貴族に連なる者であっても公の場で無礼な態度をとることは許されない。

 そんなこと位は流石に学生の身でも知っていた。


 だが、この儀式への期待と興奮を隠しきれない者達の表情は明らかである。

 集団に後ろに押し退けられてしまっているレオンハルトも例外ではない。


 強く、強く…後方で自身の拳を黙って握り締めると共に神々に祈りを捧げる。



「それでは名を呼ばれた者から順番に前へ……これより! 神聖なる儀式――【ガチャ】を執り行う…!」


(遂にこの瞬間が来た…っ!)



 彼はその日、今後を決定付けることになるやもしれない謎の儀式【ガチャ】に懸けていた。


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