第5話

 ……それから日が傾く時間まで仕事を続けた後、トラックは夢の島を目指していた。

 本日の回収は三十二個。三月だけあってそこそこ数が多かった。受け取った夢を確実に夢の島に引き渡すまでが、廃夢回収業者の業務だ。

 いつも通り、廃夢集積事業所、通称『夢の島役場』の前にトラックを停める。

「すぐ戻るから待ってろ」

 チカイチを助手席から下ろすと、トラックが島の奥へと走ってゆく。資格がないチカイチは一緒に行くことが出来ないから、親方が戻るのを待つしかなかった。ぶらぶらと、チカイチは役場に向かって歩き出した。島の入り口にあるこの灰色のコンクリートの建物には、一般の者も利用できる食堂がある。そこでラーメンかうどんかを頼めば、ちょうど食べ終わった頃に親方が戻って来るはずだ。

 少し迷って、天ぷらうどんを注文する。ほどなくしてアツアツのうどんがトレーに乗せられる。それを持って、出入り口に近いテーブルに陣取った。

「お、チカイチじゃないか」

 海老のしっぽにかじりついた瞬間、聞きなじみのある声が背中を打った。

「夏山さんか。今日は遅いんだな」

 夏山は廃夢集積事業所の職員だ。小太りでいつもシャツの裾がズボンからはみ出ている、ちょっとひきつったような笑い方をする若い男だった。今から仕事なのか、革の鞄を手に提げている。

「だいたい早番だろう、夏山さん」

「富士のばあさんが風邪ひいたらしくってな、しばらく遅番だよ」

 富士豊子は事務所の古株だった。チカイチが拾われた当時を知っている、数少ない職員だ。もう定年してもおかしくない年だが、目の前の夏山よりよほど仕事ができる人だった。

「それよりチカイチ、お前まだ中に入れてもらえないの」

「資格ないからしょうがないだろ、親方がダメだって言うし、富士さんにも怒られるよ」

「羽田さんも堅いねえ。資格が必要って、俺なんか見て見ぬふりなのにな」

「まあ、ね」

 実のところ、その辺の塩梅はチカイチもうっすら気づいている。

 ほかのトラックに、自分よりずっと若い者、なんなら子どもが乗ったまま、奥に入って行ったのを見たことがあるからだ。厳格な富士はともかく、他の役所の職員はいちいちそれを咎めたりしない。トラックから降りて島の中をうろうろすればさすがに叱られるだろうが、荷物の運び出しを手伝う程度なら、特に問題にされていないようだった。

 だが、親方はルールを曲げない。チカイチを中へ入れてはくれなかった。

「一回、入ってみたいんだけどなあ」

「なら今度、富士のばあさんがいないときにこっそり入れてやろうか。何もしないで一周して出て来るって約束なら、お目こぼししてやってもいいぜ」

「まじか、いいのかよ」

「いいともさ、その代わり」

 夏山が指先を箸のように動かす。

「ちゃっかりしてるなあ。うどんでいいかい?」

「ごぼう天にしてくれよ、悪いねえ」

 ちっとも悪いと思ってない顔つきで、夏山がにんまりと笑う。

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