第3話

 チカイチには、親がいない。

 夢の廃棄場である『夢の島』に置き去りにされていたところを、親方に拾われた子供だった。名前も戸籍も手掛かりになるものは何一つなく、面倒な手続きの挙句に親方が引き取ってくれた。チカイチという名前は、捨てられていた場所が夢の島の『地下一階』だったことに由来する。

「俺に恩返しがしたいんなら、なおさら稼ぎのいい仕事についてくれや」

「言ってろよ。さっさと資格とって、独立してやる」

 そうやって悪態をつき合っていた時だった。

 何かがトラックの前に駆け出して来た。

 とっさに親方がブレーキを踏んだ。がくんと前のめりに身体が傾いで、トラックが急停止する。営業中でのろのろ運転だったのが幸いした。スピードが出ていたら、ブレーキを踏んでも間に合わなかっただろう。

「……あっぶねえ……」

 大きく息を吐いた後、親方がつぶやいた。

 立ちつくしていたのは、小学生くらいの女の子だった。

「ぶつかっちゃいないが、けがはしてねえよな?」

 驚いたからかおびえているのか、フロントガラスの向こうの女の子は身動き一つしない。

ゆっくりこちらを向くと、親方が行ってこいというように顎をしゃくった。

「へいへい」

 親方は子供が苦手だ。顔がいかついものだから、子供が怖がって泣き出してしまうのだ。そんな親方がどうして自分を引き取ったのか、チカイチには不思議だった。

「大丈夫? けがはしてないよね?」

 おどかさないよう、チカイチはできるだけ優しい声色で話しかけた。

 チカイチをじっとみつめ返し、女の子がこくんと頷く。

「どこか痛い? おうちまで送って行こうか。お名前は?」

「中川かりん。……痛くない。へいき」

「そっか、よかった。じゃあもう飛び出したりしないでね、かりんちゃん」

 かりんの頭を撫で、トラックに戻ろうとしたときだった。

 腕を強くつかまれて、驚いてチカイチは振り返る。

「え? なに? やっぱりどっか痛い?」

「お兄さん、夢、集めてるんだよね」

「そうだけど、あ、もしかして回収してほしい夢があって、出てきたの?」

 子供でも、夢を捨てたいことはある。

 かけっこで一等をとりたかった夢、誰かと仲良くなりたかった夢、亡くなったおばあちゃんに会いたい夢。ささいなものから重苦しいものまで、もう叶わない夢を、白い箱に詰めてさよならする。

 かりんは、ひどく思いつめたような顔をしていた。

 捨てたい夢は、とてもつらいものなのかもしれない。チカイチがそう思ったときだった。

「夢の島に、連れていって」

 かりんの口から飛び出したのは、意外な言葉だった。

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