第7話


「忘れ物はないかな」

「そのセリフ、もう三回目だよお父さん」

 車の助手席に乗り込みかけて、あきれ顔でまゆ子はそう言い返した。

 星祭りの日から一か月が過ぎた。

 まゆ子と信一郎は、少しずつ町への引っ越しを進めていた。

 その甲斐あって、ほとんどの荷物はすでに新居に運び込んでいた。残っているのは身の回りのわずかな品物だけ、それもさっき車に積んだはずだ。

「秋の日はつるべ落としって言うじゃん。日が暮れちゃうよ」

「よく知っているね、そんなことわざ」

今こうやって車に乗り込む前にも、ふたりで家の中をぐるりと確認して回っている。

それでもまだ心配なのか、信一郎が古い田舎家を振り返った。

「だけどね、もう、戻ってこれないだろうし」

「仕方ないなあ。もう一回だけ見て来るけど。それで最後ね」

 信一郎にくぎを刺し、まゆ子は乗りかけた助手席から降りた。小走りに玄関へ向かうと、扉を開く。そうして、宣言した通り家の中を見て歩く。

 あちこちに、過ごした十年が潜んでいた。小さな柱の傷、日に焼けた畳の色、破れた障子をふさいだ色紙。

いくつもの思い出を目に収め、玄関の壁へと、まゆ子は最後に目を向ける。

 もう誰も住むことがないその場所に、一枚の写真が貼り付けられていた。

あの夜、友樹が撮った美しい星空だった。どこよりも遠く澄み渡る、あの夜を切り取った一枚。友樹が送ってくれたその写真を、まゆ子は古い家に残していくことに決めた。

この瞬きは、ここにあるのがふさわしい。

美しい星空をそのままにして、まゆ子は玄関を開け、外へと出る。

空を見上げる。昼間の空に星は出ていない。あの星空を見上げることは、もうないのだろうとそう思う。

「今までありがとう。……さようなら」

 小さく車のクラクションが鳴った。信一郎が呼んでいる。

 遠くなった夏を一度だけ振り返ると、まゆ子は、秋の日差しの中へと歩き出した。

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最後の星まつり 田村 計 @Tamura_K

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