最後の星まつり
田村 計
第1話
「八月の祭りは、今年で最後にします」
やっぱり、と、制服のリボンをいじりながら、三谷まゆ子はそう呟いた。
「皆さんも聞き及んでいる通り、土砂災害で使えなくなった水道管の修復は不可能、という話です。代替手段として、タンク車での運搬送水が検討にあがっています」
淡々とした村長の言葉に、いくつかのため息が聞こえて来る。それでも、異を唱える声は上がらなかった。
村の今後を説明する、その名目での集会だった。それなのに、夕暮れの集会所に集ったのはたったの十数名。村でいう『若い者』、七十歳以下が家族総出で出席してもこれだ。残りはほとんど後期高齢者で、そのうち半分くらいは別の市の施設や病院に入っている。
九州の片田舎、限界集落の『限界』の意味が、はっきりするというものだ。
「隣接する北天草市への転居を希望する世帯には、市営住宅への優先入居が可能です。希望の方は、再来月、つまり九月末までに村役場に届けを出してください。では、以上です」
うつむいたまま、まゆ子は父・信一郎とともに集会所を出た。出口で配っていた白い大きな封筒を、信一郎が無言で受け取った。
「何それ?」
「転居の案内じゃないかな。帰ってから確認しようか」
「だったらもういらないじゃん、うち、引っ越すし」
一足早く、三谷家は転居の希望を出していた。
地方移住を夢見た父とこの村に移り住み、はや十年。父子家庭でそれなりに頑張ってきたものの、村の不便は年を追うごとにひどくなった。特に数年前の水害で、いくつかの畑が土砂に埋まり、水道や道路がまともに機能しなくなってから、転出者の数は増える一方だった。
信一郎の心臓がよくないと分かってから、ふたりも村を出ることを決めた。新しい転居先は、大学病院のある街の中心地だ。何かあっても救急車が来てくれる安心は、今の信一郎にとって一番必要なものだった。
「星祭りも、とうとう最後になるな」
「人も足りてなかったし。今だって、よそから呼んで手伝ってもらってるもんね」
「ああそうか、友樹くんにも連絡しないと」
「友兄ぃに」
鼓動が跳ねた。新島友樹。友兄ぃ。その名前がぱちぱちと胸の中ではじける。
友樹の両親も、昔この村に移り住んだ仲間だ。なじめずに早くに村を出て行ってしまったが、友樹だけが夏祭りのために毎年戻って来てくれる。
「うん、来てもらうの今年までだって」
「そう、だね」
それも最後。
父と歩く夕闇の田舎道が、急に暗さを増した気がした。
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