『閃光ノ剣』

 数十年の人生の中で、対峙した魔物に恐怖を覚えたことは一度も無い。

 他人に聞かれても断言出来る。それは魔人対してもだ――

 俺の視線は、ある一点から離れない。

 この空間に辿り着いたのは一時間前。攻略している『塔』の最下層へ向かう途中だった。

 魔力で作ったゲートが突然崩壊し、そこから放り出された。

 暗闇の中、四肢の感覚が次第に失われていき、最後に心臓が止まり、意識が途切れた――



 思い出すことは簡単だが、現状は何も変わっていない。両目を固定されたままだ。

 苛立ちで、大きな舌打ちが出る。

 上半身裸の上に羽織った赤黒い革で作られたロングコート。鍛え上げられた筋肉は微動だせず、ただ、自身の身長よりも長い大剣を握っていた。

 髑髏と鎖が絡み合った柄。コートの色と同じ刀身は禍々しい雰囲気を持っている。

 これまで奪って来た命、その者達の恨みがこの剣の鋭さになっている。

 所有者の命を奪う剣は封印されていた。

 俺は――

 その呪いの剣を使ってでも、世界に対して牙を突き立てたかった。

 戦いの旅が此処で終わるのかと思うと、嫌な汗が出て来る。短い銀髪が額張り付き、呼吸が乱れる。

 あの武器を破壊しないと――

 俺は此処から出ることが出来ない――

 全身に力を入れる。俺の魔力と剣の魔力が周囲から噴き上がり、少しずつ身体が動かせるようになる。

 一歩、更に一歩と、光を放つ剣に向かって近づいていく。

 距離が短くなればなるほど、光が強くなり、俺は白い闇に飲み込まれていく。

 クソッ、何も見えねぇ――

 それでも進むしかない。足を踏み出した次の瞬間、急に身体が軽くなった。チャンスと思い、一気に速度を上げる。

 視界が全て光に包まれ、唐突に自分の右腕が見えた。光で削られ、細くなった腕。魔力の流れがゆっくりと消えていく。

 嘘だろ――

 意識が消えた。



 全てを漂白する『閃光ノ剣』から光が弱まる。

 持ち主不明の剣は移動を始める。先程の男から奪った魔力を使い、次の世界へのゲートを作った。

 その場から沈み込む様にして消えた『閃光ノ剣』。誰も所有出来ない武器は、ただ、武器を消すための存在となっていた。

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