『理』の斧槍
理由が欲しい――
そう願った少年の目に映る世界は平和ではなかった。怒号、絶叫、それ以外の人間の口から出る感情的な言葉が、数多に存在し、混ざり合い、形容し難い音の塊となっている。
城下町は死体で溢れ、通行に邪魔なモノは山包みにされ、血の匂いと腐臭が漂っている。
建物が燃え、熱風が死の匂いを巻き込み、兵士の倫理観を更に壊していく。
この場に存在するモノが一つの結果に向かっている。
僕には、その光景が巨大な化け物の様に見えた。
鼓膜を叩く化け物の咆哮。それに対して苛立ちを感じている訳ではない。
冷静に、僕の感情では一切動くことがない凍り付いた心。その中で唯一許されている部分から声が聞こえる。
理由が欲しい―― と。
でも、その言葉を口にしてしまうと身体が崩壊する様な気がして出来なかった。
――禁忌の言葉。
――世界を変える言葉。
――願望を変質させる言葉。
一向に変化を見せない世界。そんな場所に何かを投じたかった。
この武器を使って――
過去の所有者の記憶。物語を記録し、世界を移動し続ける『理』の斧槍を振るって。
戦場を斬り裂く一撃が放たれる。
斜めに振り下ろされた武器は、少年の体格には大き過ぎた。
消滅した大国の国旗を身に纏い、その紋章が鈍い光を放つ。続く様に血生臭い風が吹き上げ、隠していた身体が現れる。
全身に刻まれた魔力文字は、白い身体に刻まれた呪詛。その呪いの終点は両目。金色の瞳は全身を無慈悲に走る呪いを受け止め、少年と世界の境界を維持していた。しかし、それも既に限界だった。
『理』の斧槍が、理由を求める。
存在する理由を――
斧槍を振り、命を狩る理由を――
この武器が、僕に何を望んでいるかは分かる。適当な理由でいいから、それを見つけて、俺達を振れって。
でも、それは出来ない。
僕はそんな風に作られていないから――
ホムンクルスの僕に理由を求め方が間違っている。求めるのなら、創造主に聞いて欲しい。
小さく息を吐く。
僕は矛盾を埋める為、更なる思考を続け、新たな矛盾を生み出す。
それは永遠に続く――
ループする世界の様に、循環する世界に様に。
戦場を移動している時、「僕は……気づいた。この武器を閉じ込める牢獄にこの世界は選ばれたんだ……」
――僕の身体を使い、『理』の斧槍はこの牢獄から抜け出す切掛けを作るろうとしている。
考えの終わりと共に、伸び過ぎた銀髪が一気に逆上がる。
思い出す――
創造主が言った最後の言葉。
「不足を自身で埋め、ようやくお前は完成となる。この世界の未来は決まっている。それを変えることは出来ない。お前はこの世界が繰り返すことだけ考えて行動しろ」
酷い内容とは思えない。
何故なら、ようやく手に入れられた『理由』なのだから――
「さあ、お前はこの牢獄からは逃げられない。永遠に此処で封印されてもらう」
握る『理』の斧槍が変化。
穂先は、顔を失ったこれまでの所有者達が絡み合う。小汚い恰好をした賢者、派手な鎧を着た女戦士、ボロボロの服を着た少女、融合し過ぎて身体の境界が曖昧になった者達、全てが血に濡れていた。
穂先を否定するかの様に、柄は異教の神々が絡み合い、美しい光を放っている。
怨嗟の言葉を上下から放つ存在を無視し、僕=ホムンクルスを作る一族が、子孫を残せる様に武器を振るう。
時間移動が出来る僕には、この戦を終わらせことは他愛無い。
存在する理由を手に入れたことで心が満たされていく。
予想通りに現れた、瓜二つの『理』の斧槍。
その持ち主は、僕とよく似た存在。
互いは爽やかな笑みを浮かべ、その場から飛び出す。激突する二つの魔力により爆発が起きる。爆風はこの戦場を一気に変えた。
『理』の斧槍
「理=ことわりから抜け出すのは難しいか。干渉し過ぎると世界自体が消失してしまう可能性が高いし……。このまま観測を続けた方が無難かな」
――もし、このループから抜け出したとしたら、十分に使える武器になる。
世界の狭間、誰も認識出来ない場所からとある女性が呟いた。
櫛鬼は再び移動を始め、次の観測に向かった。
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