幕引き、そして
巨大機巧アゲハが綺麗に両断され、その反射を受けるイスカが血を飛ばす中でマツリが彼を抱きしめつつ糸を操り、落下する部品を引いて上手く着地してみせた。
「イスカ、イスカ!」
「……わえは平気、それよりも、舞台を幕引きしないとね」
潤む目で声をかけるマツリの頬を撫でつつイスカが彼女から離れ、見事に壊された機巧アゲハの残骸を見つめながらカードへと戻すと流れる血や傷の痛みなど気にする素振りを一切見せず、最初に脱ぎ捨てた白黒の衣を指先からの糸で引っ張って器用に羽織りそのまま大きく頭を下げた。
「これにて幕引き……最後まで舞えた君達の、勝ち」
そう言って無表情を貫き通すイスカが頭を上げるとすぐにその場に膝をつき、マツリが駆け寄る姿を見つつリオとシリウスはそれぞれのアセスをカードへと戻し、見守っていたエルクリッド達も拍手を贈りつつタラゼドがイスカに寄って手当を始める。
「お疲れ様です。ですが相当無理をしましたね」
「アゲハはもっと改良しないといけない、あれじゃまだまだ舞うのは難しい……マツリと一緒なのはいいけど、ね」
「んもぅイスカったら……」
惚気るイスカとマツリに苦笑しつつとりあえずの傷を塞ぎ終えたタラゼドがリオとシリウスの所へ行き、二人に手をかざし緑の光を放って手当てに入りエルクリッド達も駆け寄り笑顔を見せ、二人の肩の力も自然と抜けて表情が和らぐ。
「お疲れ様! リオさんもおじさんもすごかった……」
「ありがとうございますエルクリッド。最後までローズが諦めなかったのと……シリウス殿のおかげです」
微笑みつつエルクリッドに答えたリオがシリウスに目を向け、それに合わせエルクリッドも振り向きシリウスはやれる事をしただけだと返しつつ、照れ臭いのか少し目を逸らす。
「人の持つ技術やその情熱というのを改めて感じられた。十二星召というものについても、深く理解する事も……」
機巧人形という技術とそれを自在に操る技は美しく残酷であり、しかしそれらは使い方次第で多くの者を魅了するものとなる。どんな道具でも使い方次第、そんな言葉通りと感じつつシリウスはエルクリッドに再び目を向け笑みをこぼす。
「次はお前の戦いを、舞台を見ないとな。すぐにとはいかないが……」
「うん、あたしがちゃんと強くなったとこ見てもらいたいもんね」
ニコッと笑ってエルクリッドが答えてシリウスも安堵し、しかし疲れが出たのか少しふらつき息を吐きつつその場にしゃがみ、リオも同様に片膝をつきつつ参加証の星がまた一つ増えたのを確認しマツリをカードへと戻したイスカが近づくのに目を向ける。
「星彩の儀始めてからわえに勝ったのは君らが初めて……だいぶ自信あったけど、まだまだ機巧を改良の余地があるのとかわえも鍛錬する理由ができたから良かったよ」
「アゲハ家の美技、どれも素晴らしいものでした。流石は火の国の十二星召です」
十二星召の中でも火の国の三人は実力者というのはよく知られている。その一人であるイスカに勝利したことは確かな自信へ繋がると共に、他の二人も容易く倒せる相手ではない事の証明とも言えた。
そして演者として、人形を操り自らは存在を消す事を常にするイスカの表情が少し穏やかにも見え、戦ったリオとシリウスはもちろん、エルクリッド達も彼への印象が少し変わる。
一通り話を終えるとイスカはそれじゃあと言って踵を返し、同時に何処からか現れた黒装束に顔を隠す黒子達が現れて舞台の掃除と整備を始め、次への準備に勤しむのを察しエルクリッド達も舞台を降りた。
ーー
劇場を出ると流石に緊張感が解けたのかリオも疲労を顔に浮かべ、シリウスも彼女程にないにしろ肩で息をし満身創痍なのを表に出す。
それ程の戦いを繰り広げたというのは見守っていて納得がいくし、次はエルクリッドとシェダの二人と本人達の士気も高まる。
「あたしらも負けられないねシェダ」
「そうだな。ま、受付のねーさん曰く修理とか順番もあるからもうちょい先になるみてぇだが……その間に作戦練らねぇとな」
イスカの機巧人形はオーダーツールで破損はしないが、それを解除したものは壊れてしまっているし、今回を踏まえて人形の調整等もあるだろう。もちろん他のリスナー等との兼ね合い、順番待ちもある事から挑戦までは作戦を練るのに十分な時間を得られる。
とはいえ具体的な日時まではわからず、何処まで仕上げられるかというのもある。そうした点も考慮しつつ備えねばならないと思いつつ、エルクリッドはシリウスに目を向け軽く手を掴む。
「おじさんも、手伝ってくれる?」
「……恥じぬ戦いを見せたなら、見届けるのが礼儀。だが今日はアセス達を休ませたい」
「うん大丈夫、そしたら明日またお話しよ!」
上目遣いでおねだりするようなエルクリッドが返事を聞いて笑顔を見せ、その表情にシリウスは妹スバルの面影を感じふっと笑いエルクリッドを軽く撫でてその場を後にする。
「明日の昼! 待ち合わせはここね!」
手を上げて応えたシリウスを見送りエルクリッド達もまた自分達の宿へと戻っていく。そのやり取りを、劇場の屋根の上からイスカがマツリと共に見つめつつ、戦いの最中に外した機巧の腕をつけ直していた。
「ええ子達ね、あんたも嬉しそうなの久しぶりやわ」
「赤い髪の子、エルクリッドは運命に勝ったからね。それを支えた仲間達も良いものを持ってるのがよくわかった……来季の演目はそういうのも面白いかもね」
寄り添うマツリに身を預けるようにしながらイスカは初めてエルクリッド達と出会ったときの事と、彼女について調査していた事を振り返る。
この世界に災いをもたらす可能性がある、早々に十二星召として始末をつけるのも話し合いで出たが、それに待ったをかけたのがエルクリッドの師でもあるクロスの進言というのも。
「信じる力、思いの力、か……わえも見習ってもっと多くの演目を踊れるようにならなきゃ、ね」
「うちも一緒に、ずっと……」
「ありがとマツリ。さ、もう少し休んだら、次の舞台を準備しなきゃ」
一時の休みに思いを馳せてから次へと向かう。舞台を終えて次の舞台へ、戦いを見学してから己の戦いへ、リスナー達は研鑽しながら前へと進んでいくのだった。
NEXT……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます