第21話 本当の家族に…

自分だけの森という最高のプレゼントを与えられたパルルは、人が変わったように生き生きとし始めた。

彼女は一日の大半を森の中で過ごし、まるで森の精霊のように、木々と語らい、動物たちと戯れ、小川の流れに耳を澄ませていた。


「すごい…ご主人様が作ってくれた…わたしの森…」


森は彼女の心を受け入れ、彼女もまた森と一体になることで、人間への不信感や過去のトラウマによって閉ざされていた心を少しずつ癒やしていった。

ディオはその変化を、喜ばしい思いで見守っていた。


(よしよし、これでパルルも落ち着いてくれたはずだ。もう、スープに呪いの血を混ぜられる心配もないだろう)


ようやく安定軌道に乗ったかに思われた。

しかし、ディオの考えは甘かった。パルルの精神的な安定は、ディオへの依存からの脱却を意味するものではなかった。

むしろ、逆だった。


「こんなにも素晴らしい世界を、私だけのために創造してくれたご主人様…」


パルルは気づいてしまったのだ。


「でも…もし、ご主人様がいなくなってしまったら?この森も、私も…また、ひとりぼっちに…」


この幸福がどれだけ素晴らしくても、いつか終わってしまうかもしれないという新たな不安に。






その夜、ディオは森の創造で消費した魔力を回復させるため、ベッドに深く体を預けていた。

そんな静寂に包まれた寝室に、音もなく小さな影が忍び寄る。

パルルだった。


その手には、銀色に輝く小さなナイフが握られている。


(ごめんなさい、ご主人様…でも、こうしないと…)


彼女は再び、自らの血を使った隷属の呪いをディオに施そうとしていたのだ。

今度こそ、ご主人様を誰にも奪われないように。永遠に自分だけのものにするために。


彼女はナイフで自らの指先を小さく傷つけ、血の雫を滴らせると、それを眠るディオの唇へと、ゆっくりと近づけていった。


あと数ミリで、血の雫がディオの唇に触れる。

その、まさに寸前だった。


「…パルル」


眠っているはずのディオが、寝言のようにはっきりと彼女の名前を呟いた。

パルルの手が驚きでぴたりと止まる。


「…ん…君の森は…本当に綺麗だな」


それは、パルルの気配に気づいたディオが、寝たふりをしながら咄嗟に思いついた対処だった。


(頼む、効いてくれ……!)


ディオのその一言は、どんな強力な魔法よりもパルルの心の奥深くまで浸透した。


(ご主人様が…わたしの森を…きれいだって…)


私が、ご主人様の役に立てている。

その事実が、呪いによって彼を縛り付けようとしていた自分の歪んだ考えよりも遥かに温かく、彼女の心を満たしていった。

彼女は、指先に滲んだ血を慌てて自分の服で拭うと、ナイフをそっとしまい、まるで何もなかったかのように静かに部屋を去っていった。


(あ、危なかった……)






翌朝、ディオは昨夜の出来事を思い返していた。

彼はパルルを森に呼び出すと、一切彼女を責めることなく、ただ真剣な表情で彼女の目を見つめて言った。


「パルル。昨日の夜、俺の部屋に来たね」

「……っ!」


パルルはびくりと肩を震わせ、俯いてしまう。

ディオはそんな彼女の前にしゃがみ込むと、その小さな両肩を掴んだ。


「待って。怒ってるんじゃない。ただ、話がしたいんだ」

「……」

「君が、またあの魔法を使おうとしていたことは知っている。だが、よく聞いてほしい。そんなことをしなくても、俺は絶対に君のそばから離れたりしない。君を一人にしたりはしない。俺が君に約束する」

「やくそく…?」

「ああ。だから、君も俺に約束してくれ。君自身を傷つけるような、あんな悲しい魔法はもう二度と使わないと」


それは、「ご主人様」からの「命令」ではなかった。

対等な存在としての、「約束」の言葉だった。


パルルは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。その瞳からはぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。

彼女は、声にならない声で嗚咽を漏らしながら、小さく頷いた。





隷属の呪いという最大級の危機は、ディオの誠実な言葉によって回避された。

彼はこれで一件落着だと、胸をなでおろした。

しかしその夜、気を抜いた彼のベッドに、もぞもぞと温かい何かが潜り込んできた。


「うおっ!?誰だ!?」


驚いて飛び起きると、そこにはパジャマ姿のパルルがいた。

彼女は少し照れたように、しかし決意を固めた瞳でディオを見つめていた。


「ディオ様…」

「パルル!?どうしてここに…ていうか、初めて俺を名前で…」


(ななななんでパルルがここに!? 今日も平和に終わるはずだったのに!!)


「呪いは使わないって、約束した。でも…私、ディオ様とずっと一緒にいたい」

「ああ、俺もだよ。これからもずっと一緒だ」


その言葉に、パルルはこくりと頷くと、とんでもない爆弾発言を投下した。


「だから、ディオ様との間に、赤ちゃんを作りたい。そうすれば、私たちは、ずっと一緒にいられる、本当の『家族』になれるから」

「…………はい?」


ディオは、頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けた。


(呪いを回避したら、次は子作り要求かよ!なんでこの世界のヒロインは思考が子作りに直結してんだ!)


彼は必死に冷静さを装い、新たな回避策を捻り出した。


「パルル、待ってくれ。俺たちは、もう既に本当の家族じゃないか?」

「え…?」

「赤ちゃんがいなくても俺は君を家族だと思っている。…それとも、パルルは俺のことを本当の家族じゃないと…思っているのか…?」


彼はあえて、悲しげな、傷ついたような表情でそう問いかけた。

彼のその言葉と表情にパルルは狼狽した。


「ち、違うの!そういうつもりじゃなくて…!ディオ様は、私の、大切な家族!だから、その…もっと、こう…」

「そうか。良かった」


ディオは内心でガッツポーズをしながらも優しく微笑んだ。


「それが聞けて安心したよ。君が俺を家族だと思ってくれていて、嬉しい。さあ、今日はもう遅いから一緒に寝よう」


彼はパルルを優しく抱きしめ、彼女が安心して寝付くまで、その背中をポン、ポンと優しく叩き続けた。

パルルが安らかな寝息を立て始めた後も、ディオは、いつまた新たな貞操の危機が訪れるかと、なかなか寝付けずにいた。

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