第6話 保険金詐欺

 ただ、坂田は、工藤のことを、

「あいつは何か犯罪の匂いがするな」

 と思っていたのだ、

 それは、自分も犯罪者という自覚があることから、

「おれだから分かることなんだろうな?」

 と感じたのであった。

 実は同じことを工藤の方でも分かっていたようで、お互いに、相手のことを、

「たすきにかけた性格だ」

 と思っていた。

 工藤は、坂田が触っていた女性のことを、

「あの女、実は、銀行員で、彼氏が銀行の資金を横領している片棒を担いでいて、主犯である男がその使い込みがバレたことで、女も、ヤバくなって、身を隠さなければならなくなったのさ」

 ということのようだった。

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

 と聞くと、

「家族の間では、隠し事なしなのさ」

 というのはどういうことかというと、

「皆共犯になるから、余計なことを警察や怪しい連中には、漏れないようにするだろう?」

 ということからだった。

「それなら、なんで俺にそれをいうんだい?」

 と聞くと、

「だって、詳しくはここでは言わないが、お前だって、叩けば埃の出る身体だろう?」

 といって、にんまりとする。

 どうやら、工藤には、坂田の性癖を分かっていて、その坂田が、失踪した女とかかわりがあったということを分かっているようだ。

 しかし、それを考えてみると、

「まさか、あの女、俺が、工藤の親友だということを知って、近づいてきたのか?」

 ということであったが、

「何のために近づいたのだろう?」

 と思った。

「ひょっとすれば、何かの時に、利用しようとでも思ったのかな?」

 と感じた。

「工藤は何もかも知っているのではないか?」

 と思ったが、話をしている限りでは、

「お互いに協力体制ではなかったが、どこか一蓮托生の気がしたのだ」

 そもそも、

「痴漢行為」

 というのは、まわりの誰かをまきこんだり、

「まわりにバレたくない」

 という思いよりも、

「いざとなったら、その時は腹をくくる」

 というくらいまで覚悟をしているつもりだった。

 しかし、実際に、そんな覚悟などあるはずもなく、

「ただ、今の状況に流されているだけだ」

 と思っている程度だった。

 実際に覚悟などあるわけもないことを、自覚はしているが、だからといって、やめられないというのは、言い訳でしかないということになるだろう。

 ただ、工藤を見ていると、

「やつも、何か俺に隠し事をしているような気がするな」

 と思っていた。

 もちろん、同じように痴漢をしているというわけではないが、

「犯罪であることに変わりはない」

 ということであった。

 しかも、

「やつは、一人で行動しているわけではなく、複数での行動かも知れない」

 と思った。

 そして、

「家族の中に、悪いことをしても、それを集団意識として感じさせる」

 というような、普通では考えられない感覚を持っていることから、

「犯罪家族なのかも知れないな」

 と思えば、

「スリや、コソ泥のたぐいくらいはやっているかも」

 と思うようになった。

 そのことが分かったのが、ちょうど、坂田が、最近気になっている女を、ストーキングするようになってからのことだった。

 というのは、

「坂田が、いつものように、その女を尾行し、そのことに快感を覚えている時、普段とは違う異変が起こった」

 ということであった。

 その時、いつものように、彼女の家の近くまで来た時、彼女の家を見張っている集団があるのに気が付いた。

 といっても、

「集団で見張っている」

 などという、

「すぐにバレる」

 というようなことをするわけではない。

「4人くらいいただろうか、それぞれに、受け持ちの場所があって、そこを根拠として家の中を見張っている」

 という感じであった。

 それこそ、

「刑事の張り込み」

 という感じであろうか。

 だからといって、

「警察ではない」

 ということはすぐに分かった。

 一人の男が、

「工藤だった」

 ということで、警察ではないということは一目瞭然であるが、

「警察であれば、貼っているということ自体がバレないようにしているはずだ」

 といえるのだが、やつらとしては、

「別にバレても関係ない」

 と言ったような、大胆さがあった、

 実際に、家の中の様子をみれば、

「見張られている」

 ということは十分に分かっているようだった。

 そうであれば、見張る方も、最小限の人数にして、あまり、まわりを刺激しないようにすることだろう。

 それなのに、

「バレて当然」

 というような、

「不細工な張り込み」

 というものを行うということは、

「相手に対しての脅し」

 ということになるのだろう。

「俺たちはお前たちのことをずっと見ているぞ」

 ということで、それこそ、

「絶対に逃がさない」

 ということを言っているのと同じことではないだろうか?

 さらにもう一つ気になることとすれば、

「どうして、警察に通報しないのだろうか?」

 ということである。

 見張っているがわも、

「相手が警察に通報することはない」

 ということを分かっているからこそ、何も言わないのだ。

 それを思えば、

「あの家族も、何か曰くがある」

 といってもいいだろう。

 だから、得体の知れない連中から、付け狙われるということになるというものだ。

 それは、坂田にも言えることで、

「俺だって、曰くがあるからこそ、余計なことはいえない」

 と感じているので、

「彼女の家で何が起こっているのか?」

 という、具体的な話は分からないまでも、

「ここも、自分と同じ匂いがする」

 ということから、

「犯罪者は犯罪者を引き寄せる」

 ということで、さらに、

「同病相憐れむ」

 といってもいいのではないだろうか?

 というよりも、

「犯罪者が一番犯罪者の心理を分かる」

 ということであり、

「何かを隠している」

 という感覚であったり、

「精神的に追い詰められている」

 というようなことは分かるというものだ。

「ひょっとすると、俺が彼女に興味を持ったのも、それが理由かも知れない」

 と感じたが、それと同時に、

「彼女も、俺に関心を持ったというのも、同じ理由からではないだろうか?」

 と感じたのだった。

 坂田は、その日、彼女の家を表から見ていると、相変わらず、彼女の家を張っている連中を見つけた。

「ああ、また今日も可」

 とうんざりしていたが、どうも、やつらの様子がいつもと違うのが分かった。

「どうやら慌てている」

 という雰囲気を感じたからである。

 完全に、男たちは、逃げ腰になっていたが、まるで、

「腰が抜けてしまって立てない」

 という様子にも見える。

「あれだけ、自分たちが見張っているのを相手に分からせるくらいの大胆不敵さだったものが、まるで子供のように、うろたえているの」

 それを見ると、

「お前たち、本当にダサいな」

 と言いたくなるほどだった。

 とにかく、

「何をどうしていいのか分からない」

 という様子が見え、どうやら、ケイタイでどこかに連絡を取っているようだった。

 電話での慌て方、そして、電話の主から叱責を受けているのを見ると、

「相手はやくざの親分」

 といってもいい相手だろう。

「電話をかけている連中は、詫びを必死に入れながらでも、その場を何とかしないといけない」

 ということで、必死にすがっているという様子だった。

 すると、もう一人のやつが、別のところに電話を入れている、

 様子を見ると、へこへこと頭を下げているが、もう一人の、

「親分に対しての態度とは、よすが違っていた」

 という。

 親分に対しては、へりくだりながらも、必死にすがっているという様子が見て取れたが、もう一人の方は、へりくだりながら、その状態をそのままキープしている様子だった。

 つまり、

「相手は、自分の身内ではない」

 ということはハッキリしていた。

 ということになると、相手は、

「警察ではないか?」

 と思うと、そうとしか思えなくなっていたのであった。

 そうこうしているうちに、警察があわただしくやってきた。

 それこそ、殺人事件でも起こったかのような喧騒とした雰囲気で、よく見れば、その場には、先ほどまで数人いたのに、一人を残して立ち去っていたのだ。

 そこに残った男は工藤であり、どうやら、

「目撃者」

 ということで残ったようである。

 野次馬が集まってきたことから、それに紛れるようにして、

「規制線の外から、中の様子を眺めていると、工藤は、警察から事情を聴かれていた。

 それは、もちろん、容疑者を見る目ではなく、

「第一発見者に話を聞いている」

 というだけだったのだ。

 どうやら、彼女の家の中では、男が一人殺されている様子で、

「ナイフで刺されたようだ」

 という声が野次馬から聞こえてきたことで、

「誰が殺されたのか?」

 ということを聞くと、

「どうやら、あの家のご主人らしいんだけどね」

 というではないか。

 それを聞いて、坂田は、一瞬安心した自分を感じた。

「人が一人死んでいるので、不謹慎だ」

 とは思ったが、次の瞬間。

「ということは、今のところの最重要容疑者というのは、彼女のことではないか?」

 と感じるのだった。

 それはそうだろう、

 捜査が続けば少しは変わってくるかも知れないが、

「旦那が殺された」

 ということになれば、他に誰も家の中にいなかったのだとすれば、

「犯人は、奥さんしかありえない」

 といえるのではないだろうか?

 そうなると、坂田は、

「もっといろいろ知りたい」

 という気持ちもあったが、

「第一学研社が工藤で、最重要容疑者が、彼女かも知れない」

 と思うと、頭が混乱してしまったようで、

「想像がつかない」

 ということで、

「だったら、このままここにいても、どうなるものでもない」

 ということで、

「ここにこの時間いたことを、工藤にも、彼女にも知られたくはない」

 と思ったのは、最初から、

「この事件のことを、この俺が洗おう」

 とでも思ったのかどうか、

 その時は、

「これ以上、余計なことはしない方がいい」

 と感じたのであった。

 工藤も神妙に取り調べを受けているようで、それ以上のことは、

「今の俺が知ることはできない」

 と、坂田は感じたことだろう。

 坂田は、次の日、新聞を見て驚いた。普段は、

「新聞など見たくもない」

 と思っている方だったので、あまり見たことのない新聞だったが、この日は前日の殺人事件が気になったので見てみたのだ。

 やはり警察は殺人事件ということで乗り出していて、昨日の目撃者である、工藤の話も少し載っていた。

 というのは、

「目撃者もいることで、殺人事件として捜査している」

 ということだったからだった。

 ただ、実は、もう一つ気になっているのがあったのだが、それは、殺人事件の現場で、野次馬が話をしていることであった。

 その話というのが、

「あの奥さん、旦那に多額の生命保険をかけているらしい」

 ということであった。

 それを聞いたもう一人の人は、かなりビックリしているように見受けられたが、すぐに、冷静な顔になった。

 それが、

「不謹慎だ」

 と感じたからなのか、それとも、

「話に信憑性を感じた」

 ということで、必要以上に、驚く必要がないと感じたのかのどちらかではあいだろうか?

 それを感じると、

「果たしてどっちなのか?」

 と思ったが、坂田としては、

「近所の人たちからも、さゆりが何かあやしい」

 と思われているのだろうと感じたのだ。

 ひょっとすると、最初から、

「うさん臭い」

 と思われていたのかも知れない。

 それを感じると、さゆりという女のことを、さらに怪しく感じられた坂田であったが、次第に、

「俺が、さゆりを狙っているわけではなく、俺の方が、さゆりの手のひらの上で踊らされているのではないか?」

 とさえ思えた。

 ただ、

「気になる女である」

 ということに違いはなく、

「俺にとって、さゆりという女は、これからの俺の進む道に、何かの暗示を感じさせることになる」

 という風にさえ感じた。

 今のところ、坂田は、痴漢行為をやめるという気持ちはない。自分の中で、

「辞められない」

 という思いを持っているからだ。

 もし、ここで辞めてしまうと、他の犯罪であったり、

「犯罪でなくとも、何か自分の身を崩す何かに嵌ってしまうのではないか?」

 と考えるからだ。

 それが、ギャンブルであったり、薬物などであったりすると、

「もっと恐ろしいことになる」

 と思ったのだ。

 痴漢行為というものに対して、自分なりに冷静に考えたことがあった。

 それは、あくまでも、

「モラル」

 というものを度返しした、

「犯罪行為」

 ということから見たもので、

「痴漢」

 というものは、

「ただ服の上から触っただけであれば、自治体が制定している、迷惑防止条例というものに引っかかるだけで、へたをしても、罰金で済む」

 ということであった。

 もちろん、それがエスカレートして、下着の中に手を入れて、直接触ったりすれば、それは、刑法違反ということで、

「強制わいせつ」

 ということになる。

 なんといっても、相手の自由を奪うということでの犯罪なので、こちらは、懲役刑も十分にあるものだ。

 それを考えると、

「なるべく早く手を引かないと、沼に嵌ってしまうと、本当の犯罪者ということになってしまう」

 と考えてはいた。

 だが、今の段階で、

「自分の状況が中途半端なことになっている」

 と思った。

 簡単に辞めることもできないし、辞めてしまうと、他のものに嵌ってしまい、そっちの方がこわいということになると、自分でも、

「逃げ出したい」

 という感情が出てくることから、

「あまり考えないようにしよう」

 となってくるのだった。

「逃げてはいけない」

 ということなのかも知れないが、そもそも、精神的に不安定で、

「ろくなことを考えない」

 ということが分かっているのだから、余計なことを考えてしまうと、それこそ、

「負のスパイラル」

 というものに嵌ってしまうということになるだろう。

 それを考えると、やはり、

「あまり深く考えない方がいいのでは?」

 と思うのだった。

 しかし、他の人たちから見れば、

「お前はちゃんと考えて結論出さないと、どんどん悪い方に向かってしまうぞ」

 と言われることは分かっている。

「もし、俺が相手の立場であれば、同じ忠告をするだろう」

 と思った。

 というのは、

「友達だったら、こういう言い方をするのが最善だ」

 と思うからで、それも、テレビドラマか何かの影響で、それこそ、まるで、

「マニュアルを読んでいるかのような」

 と思えば、それこそ、自分が情けなくなるという気持ちになった。

 それは、相手のことを考えているわけでも、ましてや、

「自分の意見」

 というわけでもない。

 それなのに、あたかも自分の意見であるかのようにいうのは、それだけ、言葉だけであれば説得力があるからだ。

 しかし、それは、ドラマなどで、役者が演じるから分かることだ。

 実際に、

「数年間の出来事」

 というものを、ドラマの、

「尺の間」

 でするのだから、

「凝縮された時間ですべてを見ているのだから、それこそ、内容は分かり切っているということ」

 ということで、

「俺だって同じ忠告をするわ」

 と思うと、

「違和感がないどころか、本当の説得力を感じる」

 ということである。

 だから、余計に、

「リアルで、説教めいたことをいうと、これほど、わざとらしい、あざとさというものはない」

 といえるだろう。

 それを考えると、

「ここでの説教など、まったく本人には無意味」

 というもので、

「そんなしらじらしいこと言われても」

 と感じ、

「聞きたいのはそんなことじゃないんだ」

 とばかりに、結果は、

「時間の無駄」

 としか思わない。

 それであれば、まだ信憑性や正当性はなくても、

「教科書のような答えに対して異議を唱える意見の方が、よっぽど理解できる」

 というものである。

 この奥さんが、本当に

「保険金詐欺」

 というものを行ったのかどうかわからないが、奥さんの本心がどこにあるというのか、聞いてみたいと思うのだった。

 今のところであるが、

「疑惑ではあるが、一番シロというものに近い、グレーなのではないか?」

 といってもいいのではないかと思えるのであった。


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