《第一章》きらめき救世主、現る!
日中、わたしは一人でともしび商店街を走っていた。
どのお店も、真昼間だというのにシャッターを閉めている。
そしてどのシャッターにも『閉店しました』と書かれた紙がはられていた。
(洋菓子店、美容室、精肉店、花屋……み~んな閉店してるっ!)
しかも、ともしび商店街を歩いている人はだ~れもいない。
走りつかれて、思わず見上げた空はどんよりとしたくもり空。
「どうして、どのお店も閉まってるの? どうしてだれもいないの?」
し~んと静まり返ったともしび商店街に、わたしのさけび声がひびく。
「どうして~~っ!!」
ぱちっと目を開けたわたしは、ふとんを持ち上げて勢いよく起き上がった。
「夢かぁ~」
ほっとして両手で顔をおおう。
心臓がドキドキと鳴っていた。
顔から手を離して「すう、はあ」と深呼吸する。
「うわ~、イヤな夢! って言うか正夢になったらどうしよう」
そんなのじょうだんじゃないよ。
ともしび商店街はず~っと活気のある商店街であってほしいもの。
「……そのために、子どものわたしでも何かできることはないかなぁ?」
目を閉じて両手を組み「う~ん」と考えこんだ。
(子どもでもできること、子どもでもできること――)
「――って、あっ! 一つだけあった!」
ぱちっと目を開けて、人差し指を立てた。
「ともしび商店街にある商売繫盛の神さまをまつる祠に、祈ってみるのはどうかな?」
正直この世に神さまなんているかどうか分からないけど、何もしないでため息をついているよりはマシだよね。本当にいるかもしれないし!
「よ~し、それじゃあさっそく祈りに行こうっと」
ふふ~ん、わたしね、思い立ったらすぐに行動するタイプなんだ。
枕元で充電していたスマホを見たら、もう夜の一時近かった。
「めっちゃ深夜だけど、祠のある場所はマンションの近くだし、ぱぱっと祈って、ささっと帰ってこようっと!」
(――あ! でも、みんなはまねしちゃダメだからねっ)
わたしはベッドからおりると、スリッパをはいた。
部屋の照明をつけて、クローゼットを開ける。
中からお気に入りのうす黄色のワンピースを取り出すと、ベッドの上に広げた。
パジャマをぬいでベッドの上に置き、うす黄色のワンピースに着がえる。
それから学習机の上に置いていた星のついたピン留めを取って、扉の右横に置いている姿見の前に立った。首元までのばした髪を手ですいて、ピン留めをつける。
このピン留めはね、生前にママがわたしに最後にプレゼントしてくれたものなの!
「うん、身だしなみはバッチリ。あとは~、家の鍵とスマホと財布を持っていこう」
ランドセルの中からエコバッグを取り出して、中につめていった。
「これで出かける準備はオッケー」
部屋の照明を消したわたしは、そっと扉を開けて暗い廊下に出た。
足音を立てないようにして玄関に向かう。
(パパに見つかったら、ぜ~ったいに明日お参りしなさいって言われちゃうもんね。でも明日までなんて待てないよ。――あ、でももう一回言うけど、みんなはまねしないでね!)
玄関にたどり着くと、パチッと玄関の照明をつけた。
くつ入れにスリッパを隠し、白いスニーカーを取り出してはく。
照明を消してから扉を開けて外に出て、鍵をエコバッグから取り出して扉の鍵を閉めた。
パパに見つからなくてよかった……と思いながらエレベーターに向かう。
(そう言えば、こんな深夜に一人で出かけるのって初めてかも……)
ドキドキしながら、わたしはエレベーターを使って三階から一階におりた。
早足でエントランスを歩いてガラス戸を開け、外に出る。
さあっと夜風がわたしの髪とワンピースをなでていった。
(さて、それじゃあ祠にレッツゴー)
わたしは駐車場と駐輪場を横目にマンションの敷地内を歩き、歩道に出た。
そこはともしび商店街の西の外れ。
商売繫盛の神さまをまつる祠は、道沿いに東に行ってすぐのところにある。
街灯に照らされる中、わたしはともしび商店街を歩いた。
夜遅くだから、どのお店もシャッターが閉まっている。
し~んとしていて、道を歩いている人はだれもいない。
(やば……何だかこわくなってきたかも。さっさと行こう!)
大股で歩いていると、ほどなく精肉店と青果店の間にある祠に到着した。
赤い鳥居があって、その奥に細い小道が続き、最奥には祠がある。
わたしはうす暗い石畳の道を歩くと、おさいせん箱の前まで来た。
エコバッグの中から財布を取り出し、十五円をおさいせん箱の中に入れる。
(あ、十五円にしたのは、十分ご縁がありますようにっていう願かけ!)
財布をしまったわたしは、両手を合わせて祠に向かって祈った。
(……どうか、ともしび商店街が活気に満ちあふれますようにっ!)
ぎゅっと目を閉じて、念を放つような気持ちでお願いした。
よし、これで満足! ってくらい祈ったら、目を開けて手を離した。
(これでよしっと。商売繫盛の神さま、わたしのお願いかなえてくださいねっ)
心の中で語りかけてから、わたしは祠に背を向けた。
ちょうどその時だった。
わたしの背中をぱあっと明るい光が照らしたのは!
わたしはびくっとしてふり返った。
おさいせん箱の前に、子どもの背丈くらいの大きさの光のかたまりがある。
何これ!? と思った瞬間ふっと光がやんだ。
そして目の前に現れたのは……お、男の子!?
さらさらの金髪を持つ、息をのむほどに美しい顔立ちをした男の子……だ。
長くて白い布のような服を体に巻きつけて、サンダルをはいている。
ぱちっと男の子と目が合い、わたしはドキッとした。
「あ、あの、商売繫盛の神さまですか……?」
恐る恐るたずねると、男の子は首を横にふって口を開いた。
「☆■△◆!」
「へっ?」
い、今の何語? ひょっとして神さまの言葉??
とまどうわたしを見て、男の子は、はっとしたような顔つきになった。
せき払いをしてから口を開く。
「……あー、あー、えっと、この言語なら聞き取れるよね?」
男の子の言葉が、落ち着いた雰囲気の日本語になった。
「あっ、はいっ。聞き取れます。あなたは……商売繫盛の神さまですか?」
「いや、ボクは商売繫盛の神じゃないよ」
「えっ? それじゃあいったい、だ、だれなんですか?」
全く予想がつかなくて、わたしは警戒しながらたずねた。
「ボクはね、この世界とは別の次元に存在する異世界から来た、きらめきの神なんだ」
「はっ?」
(えっと……今、何て言った? 異世界から来た……きらめきの神さま??)
大混乱しているわたしに向かって、男の子が話を続ける。
「名前はルイ。父は光の神で母は美の女神。だけど母より美しい神に育ってしまってね。母に嫉妬されてブタに変えられそうになったところを、父に助けられてこの世界に逃されたんだ。おかげでブタにならずにすんだところ」
「そ、そうなんですか。それは大変でしたね……」
と口にした瞬間、ルイさまの姿がすうっと透明になっていく。
「えっ!? 今度は何? 何っ??」
「わっ! そうだった。神はね、今いる世界に信者がいないと存在できないんだ!」
半透明になった両手を確認しながら、ルイさまがあわてた様子で言った。
「それって、このままだと消えちゃうってことですか!?」
「そういうこと!」
「そっ、それじゃあ、えっと、そう! わたし、ルイさまの信者になりますっ!」
思い切って宣言すると、ほとんど透明に近かったルイさまの姿が元にもどった。
「た、助かった。ありがとう……ええと、キミの名前は?」
「小町日葵って言います。小学五年生って言っても分からないですよね。十一歳です」
「コマチ・ヒマリ……。キミの話す言語から推測するとヒマリのほうが名前かな。本当にありがとう、ヒマリ。あと、ボクに敬語は必要ないよ。かた苦しいのはニガテなんだ」
「えっ? いいんですか? 神さまなのに??」
わたしは信じられない思いでたずねた。
「うん。外見年齢も同じくらいだし、タメ口でいいよ。ルイって気軽に話して」
「わ、分かった……。ええと、ルイ、とりあえず消えずにすんでよかったよ……」
「うん、ボクは運がよかった。周りにだれもいなかったら、今ごろ消滅してるところだったよ。でも、こんな暗い時間帯に女の子一人で何をしていたんだい?」
ルイが不思議そうに首をかしげた。
「あ……それはね、この祠にまつられてる商売繫盛の神さまに、ともしび商店街が活気づくようにお祈りしてたの。この商店街で閉店が続いてて、神さまの力を借りたいなって思って。思い立ってすぐに来たら、こんな時間になっちゃって……」
「そうなんだ。子どもが夜に出歩くのは感心しないけど、事情は分かったよ。そのおかげでボクも助かったわけだし。ただ、この祠に商売繫盛の神はいないみたいだよ」
ルイがちらっと祠をふり返って言った。
「えっ? そうなの? ここ、商売繫盛の神さまをまつる祠なんだけど。やっぱりこの世界に神さまはいないのかなぁ~」
「さあ、どうだろう。留守にしてるだけかもしれない。ちょっと祠を開けてみようか」
と言ってルイが祠に向き直った。
「えっ? こういうのって開けちゃいけないんじゃないの?」
ルイのとなりに立って、わたしは恐る恐るたずねた。
「うん、神さまの家みたいなものだから、普通は勝手に開けるべきじゃないけど、今は非常事態みたいだから開けてみよう。――えい」
「あっ!」
ルイが、ぱかっと小さな祠の両面扉を開いた。
中に入っていたのは、木のお札と二体の白い狐の像、そして折りたたまれた白い紙。
ルイは迷いなく白い紙を取り出して、カサカサと開いた。
(――わ、何て書いてあるのか全然分かんない!)
多分、墨汁で書かれていると思うんだけど、流れるように書かれた字で読めない。
「わぁ、すごく達筆な字だね。待って。ボク、解読してみるから」
「えっ? 異世界の神なのに解読できるの? って言うかどうして日本語が分かるの?」
思わず早口で聞くと、ルイはわたしを見てさらっと答えた。
「ああ、それは、全知全能の神である祖父から色々な言語を学んだからだよ」
「お、おじいちゃんが全知全能の神なんだ……。すごいね」
(――あ、みんなは全知全能って言葉、知ってる?)
かんたんに言うとね、何でも知っていてどんな能力も持っているってこと。
そんなおじいちゃんだったら、異世界の言葉――日本語を知っていてもおかしくない。
ルイは「それほどでも」とはにかんで言うと、紙に目を移した。
「……えーと、うーんと……この文字がこうだから……あ、読めた!」
「えっ!? 何て書いてあったの?」
「えっとね、これ、商売繫盛の神の書き置きだと思うんだけど、『神の湯』っていう温泉宿に、お供の狛狐たちと少しの間行ってくるって書いてあるよ」
「へっ? じゃあ、ともしび商店街がすたれてきたのは商売繫盛の神さまが留守だから?」
「いや、そうじゃないと思う」
紙を折りたたみ、祠の中にしまいながらルイは言った。
「えっ、そう、なの?」
「うん。商売繫盛の神の力は、その名の通り商売繫盛させること。でも、いなくなったからって商売がかたむくわけじゃない。きちんと経営していれば閉店することはないよ」
「でも、この商店街でお店が何軒も閉店してるんだよ?」
「それは貧乏神のせいだね。ここらへん一帯から、貧乏神のイヤな気配がする」
「び、貧乏神……??」
予想もしていなかった神の登場に、わたしは目を見開いた。
「び、貧乏神にも信者なんているの? だれも信仰しないと思うんだけど……」
「他人の不幸を願う者は、み~んな貧乏神の信者だよ」
「! そっか。そうなるんだ……」
それなら……悲しいことだけど、信者の数もそれなりにいそう。
「貧乏神は厄介な神でね。家や店にいすわるんだけど、そうするとその家や店の者は貧乏になったり、不運になったり、人間関係が悪くなったり、活力がなくなったり、ケガや病気になったりする。閉店した店の者たちは、貧乏神の神の力にやられたんだと思う」
「そ、そんなのこまるよっ。わたし、これ以上お店がつぶれないようにしたいの」
勢いこんで言うと、ルイが表情を改めた。
「分かった。それがボクの信者であるヒマリの願いなら、ボクが力を貸すよ。ボクの神の力はいくつかあるんだけど、その中の一つが役に立つと思う」
と言うと、ルイはうすい色をした自分の瞳を指差した。
「トゥインクル・アイっていう神の力なんだけど、目が合った者にパチパチって二回素早く瞬きを見せると、神の力の影響を受けている者はまぶしがるんだ」
「それって……貧乏神の神の力の影響を受けてる人もってことだよね?」
「うん。この力を使って、商店街で貧乏神の影響を受けてる人を探そう。そしたら、その人に力を貸して貧乏神を退けて、これ以上つぶれる店をなくすんだ。どうかな?」
「それ、すごくいい案! そんなことができるなら力を貸してほしいな」
胸の前で両手を組み合わせながらわたしは言った。
「分かった。じゃあいっしょに行動するために、キミの家に居候させてほしい」
「えっ!? う、家に住む……ってこと?」
まさかの展開すぎて声が裏返ってしまう。
「うん。ヒマリに力を貸す間、ボクはこの世界について学ばせてもらおうと思う。これから先、この世界で神として生きていくためにね」
「えっと、居候させたい気持ちはあるんだけど、パパが何て言うか……」
突然、真夜中に見ず知らずの子ども(神だけど)を連れて帰ったら、ルイは多分パパに連れられて警察に行くことになって、保護されるんじゃないかな?
あと、わたしは夜に出歩いたことをめちゃくちゃおこられると思う……。
「大丈夫だよ。ボクの神の力は三つあってね。その中の一つを使えば、キミの父さまを説得できるとも。心配はいらない。任せておいて」
と自信満々に言って、ルイがにこっと笑った。
その笑顔を見たとたん……あれれっ? わたしはルイの言葉に強い説得力を感じた。
ルイなら大丈夫。ぜ~ったいにパパを説得できる。間違いない! って強く思う。
「分かった。わたし、ルイのことを信じるね。いっしょに家に帰ろう」
「ありがとう、ヒマリ」
キラキラの笑顔で言うルイに、わたしもにっこりと笑顔を返した。
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