第一章「老龍編」第4話「魔導士」
ー朝。小鳥のさえずりで目を覚ます。
遠くの方から「カンカン」と金属音がなる。
鍛冶場はもう仕事を始めているようだ。
白くてふかふかのベッドに寝るのは、また心の中がこんなに穏やかな朝を迎えるのは、何年振りであろうか。
隣のベッドでは、セレナがすやすやと寝ている。
ガラは起き上がると、セレナも目を覚ました。
「わりぃな、起こしちまったか」
「ん…おはようガラ。昨日は楽しかったね」
「ああ、そうだな。お前さんルナと随分仲良くなったじゃねえか」
ルナは温泉宿の女将マリルの娘である。
「えへへ、そうだよ。ルナちゃん友達になってくれたんだ」
ガラは、セレナの方を向いて言った。
「…お前さんがよければ、ここで暮らしてたっていいんだぜ。」
その瞬間、セレナは布団を跳ね除け、ガバッと起き上がった。
「やだ!私はあなたと旅をするんだ!」
セレナは急いで身支度を整え始めた。
ガラは、冗談で言ったつもりはなかった。彼女が望むのなら、パンテラよりも遥かに安全で、人々が温かいこの村なら、セレナは生きていけるのではないかと思った。
しかし、セレナにとって、ここは一つの通過点に過ぎないようだ。
宿を出て、ガラたちは皆に別れの挨拶をしようとした。すると鍛冶場の方から、ルワンゴと息子のトゥインゴがやってきた。
「おめえさんたち、もう少しゆっくりして行けばいいのに。もう旅立つのかい?」
トゥインゴが少し寂しげに言った。
「ああ、こいつがもっと色んなとこに連れてけってな。とりあえず、サーティマにでも行って、行き先を考えようかと思う」
サーティマとは、クァン・トゥー王国の首都である。そこから東西南北に街道が繋がっており、様々な国々へ移動が可能だ。また、港も整備されている。
「…なあ、ガラよ」
その時、神妙な面持ちでルワンゴは言った。
「昨日のこと考えたんだ。お前さんがドラゴン退治を引き受けたって話さ。…オラどうも合点がいかねんだ。いくらギリオスって奴が、お前さんの実力を買い被ってたって、ドラゴン退治なんて無理難題を平気で押し付けるなんざ、常人のすることじゃねえ。最近はパンテラの方じゃ、魔導士共がウヨウヨいて、いい噂は聞かねえしな。こりゃオラの思い違いだといいが、どうもギリオスってやつは、裏で何か企んでんじゃねえのかとね…」
ルワンゴの言葉に、ガラは少し眉を寄せた。
そしてガラは静かに答えた。
「確かに…まずその案件を聞いた時は悩んださ。だが、ドラゴンが近くの集落を襲ってるってのを聞いて俺も耳を疑ったんだ。で、実際にそこに行ってみたら…」
ガラはそこまで言うと、コンパルサ(深淵の森)近くの集落での出来事を思い出した。
焼け焦げた家々、逃げ出した住民たち…のはずだが、どこか違和感があった。なぜなら村には死体が一つもなく、焼け跡も不自然に整然としていたからだ。まるで誰かが意図的に村を焼き払ったかのようでもあった。
その時は単なる違和感だと思っていたが、今思い返すと、とても不思議な現場であった。
その時、セレナが真剣な表情で口を開いた。
「ガラ、信じてくれ。確かに私の仲間たちはいつもふざけてばかりいて、私の目の届かないところで、旅人にちょっかいを出したり、人の飼ってる牛や馬たちを捕まえたりしてた。だけど人の住んでる場所を無意味に襲ったりはしない。あいつらでもやっていいことと悪いことくらい分かる。だから今までずっと人間に見つからずに住んでたんだよ」
セレナの言葉に、ガラは一瞬目を閉じた。
“ダイヤモンド・ダレル”で、ギリオスが依頼を説明する際、一瞬言葉に詰まり、視線を逸らした瞬間があったのだ。
「ドラゴンが集落を襲っているという情報があってな…お前なら何とかしてくれると思ってる。その…報酬は弾む。とにかく頼んだ」
普段なら堂々としている彼が、どこか不自然な口調だった。また、報酬をもらう時、ギリオスはドラゴンが3匹もいたという情報さえ知らなかったようであった。
ガラは目をゆっくり開き、決意したように呟いた。
「…もう一度ギリオスに会ってみる必要があるな」
マリルがクスーツの入り口から出てきて、ガラたちの会話を聞きながら心配そうに言う。
「気ぃ付けなよ。憲兵たちもうじゃうじゃいるし、何かあったらすぐにマングーに帰っておいで!」
ガラは小さく頷き、荷物を背負い直した。
「ああ、分かってる。ありがとな」
その時セレナは拳を高く上げて元気いっぱいに叫んだ。
「大丈夫だ!いざとなればドラゴンになってみんなやっつけてやる!」
ガラはセレナを睨み、呆れたように言う。
「それが一番危ねえんだよバカ」
セレナは「うっ、ごめん」と言いながら頭をポリポリと掻いた。マリルとルワンゴたちは、そのやり取りを見て笑った。
そしてトゥインゴが何やら物がたくさん入っている袋を取り出した。
「親父が言ってたことを昨夜聞いたんだ。で、オラなりになんか役立つものはねぇかなって色々作ってみたんだよ。これは、マキビシっていって、何かに追われてるときとかに、道にばら撒くと、相手は踏ん付けた痛みで動きが止まる。あとこれはシュリケンていって、鋭い刃になってて、投げると相手に刺さる。どっちも遥か東のエイジアって国から伝わる武具だよ」
そして、マリルは二人に瓶に入った飲み物を渡した。
「あたしからはこれ。マリル特製の栄養ドリンク!ディーポリの実と、特産のパールの木から採れたジャムを混ぜて作ったんだ。体がホントにしんどい時に飲むといい。でも元気な時に飲んだら、三日三晩寝れなくなるから注意しなよ!あはは!」
マリルの後ろからルナがやってきた。
「セレナ!私からこれをあげる!」
ルナはセレナの首に竜の紋章が刻まれている首飾りを付けた。
「マングーのお守り。魔除けの効果もあるのよ」
そう言ってセレナを抱きしめた。
ガラとセレナはマングー村を後にし、再びパンテラへと向かうのであった。
パンテラの入り口に差し掛かると、門の柱に何やら貼り紙が貼ってあるのを見つけた。
“お尋ね者”という文字の下に、男女二人の似顔絵が描かれている。“炎のガラ”と“謎の龍族女”
なんと、自分たちのことであった。
その下には、“旅団を襲った罪”と書いてあった。
それを見てガラは「ちっ」と舌打ちをし、門番をしている憲兵を見た。憲兵はちょうど交代のタイミングのようで、何やら話していてこちらに気付かない様子だった。
「ついてるぜ。セレナ早く行こう!」
二人は馬を走らせ、“ダイヤモンド・ダレル”に辿り着いた。馬を繋ぎ、ドアを開けようとした瞬間、何者かに手を思いっきり引っ張られ、裏口へと連れられた。
手を引いてきたのは、フード付きマントを被ったドロレスであった。ドロレスは、険しい顔でガラたちに言った。
「ガラ!あんたなぜ戻ってきたんだ!?てっきり逃げたのかと思ったよ!」
「逃げる?ああさっきの貼り紙のことか?俺たちは旅団なんか襲ってないぞ!」
ドロレスは頷いた。
「ああ、わたしはあんたらが、そんなことする奴らだって思っちゃいないよ!でも、連中はあんたらを捕まえる気だぞ!」
ガラはドロレスにもう一度ギリオスに会って、詳しく話を聞きにきたと伝えた。それを聞いたドロレスは表情がさらに強張った。
「ガラ、よく聞いて…
何かを言いかけた時、近くで憲兵の声がした。
「とにかく、ここはまずい、あたしの隠れ家に来てくれ…!」
ガラたちはあたりに警戒しながら、ドロレスの隠れ家に辿り着いた。
ドロレスの隠れ家は、パンテラの北側に位置し、街の外壁近くにある人気のほとんどない場所であった。
ふうと息をつき、ドロレスはフードを脱いだ。
「ここなら安心だ。あ、そこら辺テキトーに座ってくれ」
ドロレスの隠れ家は、空き家の半地下にあり、窓は頑丈な鉄格子で囲まれている。中に入ると、細い通路があり、奥には広い空間がある。
そこには、小さな暖炉と椅子、テーブルなどの家具、壁にはドロレス愛用のバトルアックスやツノ付きの兜、また今まで退治してきた魔物の首の剥製などが掛けられていた。
また壁一面に本棚があり、戦術の指南書や魔物の研究書などが沢山入っていた。彼女が腕っぷしだけでなく、頭もキレる凄腕の戦士だということを物語っていた。
「わぁ〜凄いな!本が沢山ある!」
セレナは目を輝かせた。
ドロレスは胸から何か取り出すとガラに見せた。
「ガラ、さっきの続きだけど、心して聞いて欲しい。…ギリオスが殺された」
「な、なんだと…!?」
セレナは驚き、口に手を当てた。
「ああ、これを見なよ。ギルドマスターの紋章の首飾りさ。ギリオスが付けてたやつ。あんたもよく知ってるだろう?」
彼女の話によると、ギリオスはガラがダイヤモンド・ダレルから去ってすぐに、ちょっと出掛けると店を出て、出たまま帰ってこなかったという。
そして、今朝ギルド仲間が、北門近くの路地で不自然に焼け焦げた人間のような影と、この首飾りを見つけたのだと言う。
「これがギリオスだとすると、こんな風に殺すのは魔導士の連中しかいない。あたしには分かるんだ」
魔導士というのは、魔法や祭事を行う者たちの呼び名で、古代魔導帝国時代の遺物や文化などを研究している連中である。
中世の世の中である。クァン・トゥー王国の王政にとっても祭事は、政治判断にとって、非常に重要であった。魔導士を束ねているのは、アングラという男であり、野心と権力に非常に執着のある男であった。
トレント王が即位した際、宰相であるマンソン卿がしばらく行政を動かしていたが、近年謎の死を遂げた。アングラは王直属の祭司であり、突然空いた宰相の職務を暫定的に担っていたのである。
それからというもの、魔導士たちが首都や様々な都市に現れ、憲兵たちと共に幅を利かせていたのである。
ドロレスは言った。
「あたしはどうも最近ギリオスのやつが、魔導士たちと裏でコソコソしていることに気が付いてたんだ。きっと魔導士たちに何かつかまされたに違いないよ。そして、あの貼り紙見ただろう?次の狙いはあんただよ」
ガラは眉間に皺を寄せ、厳しい目付きになった。
「ルワンゴの勘は正しかったな。魔導士連中は、ギリオスを使って、俺をドラゴンに仕向けたってことか。相打ち、もしくは殺されるかもしれないと見込んでな…」
「だが、連中はあんたの強さを見くびってたみたいだけどね」
セレナは黙って何も動かない。
「ドロレス、しばらく俺たちを匿ってくれないか?このまま黙ってるわけにはいかねぇ。何としてもギリオスが死んだ真相や、魔導士連中が何を企んでんのかを暴いてやりてぇ」
ドロレスは強く頷いた。
「ああ、同感だよ。こうなった以上は、あたしもやってやるさ」
ガラはセレナを見て言った。
「セレナ、すまねぇ。旅はもう少しだけ待ってくれ…何ならコンパルサまで送って…
セレナは、手をあげてガラの言葉を遮った。
そして、声を震わせながら言った。
「許せない…許せないよ!ガラを騙して私たちと戦わせたなんて…ガラ、私このまま帰るなんて絶対に嫌だ!ドラゴンの怒りを奴らにお見舞いしてやる!」
ガラは今までにない殺気をセレナから感じた。
「分かった。だが早まるな。まだ連中が何を考えているか分からない。とにかく慎重に動いて、判断するしかない」
セレナはこくりと頷いた。
「よし、ドロレス。ギリオスが殺されたって場所分かるか?」
「ああ、ちょうどこの近くだ。だがもし行くなら、昼は人目があるから危険だ」
「よし、分かった。夜まで待つか…」
……そして深夜、3人はフードを被り、ギリオスが殺されたという北門付近の路地に向かった。
「ここが、そうか…」
「うん、この紋章が落ちてたってこと以外はよく分からないな…」
その時、セレナが焼け焦げた地面に顔を押し付け、クンクンと臭いを嗅いだ。
「…おかしいよ、この臭い。私の吐く火と、ガラの火と違う。何か違う火で燃やされた感じだ。もっと…冷たくて嫌な感じ」
ドロレスは、言った。
「なるほど、なら魔導士のやつらに違いない。連中は古代の魔法を使うんだ。大昔の帝国の研究とかやってるからね。しかし、お嬢ちゃん、本当にドラゴンなのか?まったくそうは見えないが…」
その時であった。後ろから突然男の声がしたのである。
「おやおや、こんな夜更けにいかがなされましたかな?」
男は赤い刺繍が入った黒装束に、黒のマントを着用し、胸にはクァン・トゥー王国の獅子の紋章が描かれていた。魔導士である。
「おや?あなたは確か、ギルドによく出入りしていた女戦士様…たしか、ドロレス様でおられましたかな?」
礼儀正しさが逆に不気味であった。ガラは、メタリカに手をかけるが、ドロレスが制止した。
「一体何のようだ?何時だろうと外に出かけちゃあまずいってのか?」
魔導士の男は不適な笑みを浮かべる。
「…これはこれは失礼をば致しました。我が“ブラインド・ガーディアン“は昼夜に渡る街の治安維持に努めておりますがゆえ…ですが、貴方様程のお方でしたら、心配はありますまい。どうぞ夜道、くれぐれもお気をつけて…」
“ブラインド・ガーディアン”とは、魔導士で構成された治安維持部隊の総称である。常にフードを被り、顔が見えない風貌からその名が付けられた。
ドロレスたちは魔導士の前を通り過ぎようと歩き出した。その時、魔導士の男は少し声を大きくして言った。
「お待ちなされよ!ところで最近、旅団襲撃事件で犯人を追ってましてな、後ろのお二方、一つ顔を見せてはいただけないだろうか?」
ガラはチッと舌打ちした。セレナの顔に緊張が走る。
ガラとセレナはゆっくりとフードを脱いだ。
「これこれは…まさにお尋ね者によく似ていらっしゃる」
「おい。待てよ!俺たちが旅団を襲っただと?ふざけるのもいい加減にしろよ」
「そうだ!私は子供たちを盗賊から守っただけだ!」
男はニヤリと笑った。
「目撃情報によれば、旅団を襲ったのは、一人の男と、その男が引き連れていたドラゴンだという話もあります。まさかとは思いますが、それがもし本当ならば、お嬢様は龍族の末裔ということになりますな…」
そういうと、魔導士の男は手の平をセレナに向け叫んだ。
「アクセプト!」
その瞬間、男の手から紫色に光る波動が発せられ、セレナを襲った。
「きゃっ!」
「セレナ!」
セレナの顔に銀の鱗が浮かび上がった。
「これは変化の魔法を見破る魔法!どうやらその娘は、龍族の末裔に相違ないッ!!」
魔導士の男は手を天に掲げ、魔導の閃光を夜空に放つ。閃光は上空で光輝き、信号となった。
「皆の者!集まれ!」
あたりから憲兵や魔導士たちがわらわらと集まってきた。
「その者共を引っ捕らえよ!」
「ちっ!」
3人は武器を取り構えた。
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