第一章「老龍編」第2話「パンテラ」
ガラとセレナは洞窟から出て、街へ向け歩き出した。街へはこの深い森を抜けなければならない。
セレナはガラの後に付いて歩いている。彼女はドラゴンが変身した姿である。人間だと18〜20歳くらいに見えるだろうか。セレナは、心がウキウキしていた。
「ガラ、これから人間の棲家に行くんだろ?」
「まち?まちっていうのか?」
「そのまちっていうところは、たくさん人間がいるんだろ?」
「人間たちはそこで何をするんだ?」
先程から、数分毎にセレナはガラに矢継ぎ早な質問をぶつけている。
ガラは最初は色々と答えてやったが、あまりにもたくさん質問をするので、段々飽きてきたようだ。ガラは数秒間黙っていた。しかし、セレナはそんなことにはおかまいなしで、どんどん質問をぶつけてくる。
とうとうガラは我慢できなくなってきたようだ。
「お前、ホントにさっき戦ってたドラゴンかよ?そんなに人間が珍しいのか?」
セレナは答えた。
「そうだな!久しぶりに人間を見たよ!人間の言葉も話したの久しぶりなんだ!で、ガラよ、これから町に行くんだろ?それでどうするんだっけ?」
ガラはふうとため息まじりで話した。
「これからパンテラっていう町に行って、ギリオスって奴に会うんだよ」
「ギリオスって誰だ?ガラの仲間か?」
「仲間っつうか…まぁ古い知り合いだがな、言ったろ?これを金に替えるんだよ」
ガラは担いでいた革袋をグイッと持ち上げ、セレナに見せた。袋の中には、退治したドラゴンの角や牙が入っている。ギリオスはギルドマスターの名前である。ガラはドラゴン退治の依頼を受け、討伐した証拠を提出する必要があったのだ。
「パンテラってとこは人間がたくさんいるのか?」
ガラは、少し怪訝な顔をした。
「…お前食うなよ」
セレナはぷっと吹き出しながら言った。
「食わないよ!ドラゴンは人間の肉そんなに好きじゃない!」
「…そんなに…」
ガラは少し嫌な予感がした。ガラは、話題を変えることにした。
「なぁ、人間をなかなか見ないって言ってたが、何でこの森はこんな不思議な空気が立ち込めてるんだ?何だか心がずんと重たい感じがするぜ」
セレナは答えた。
ドラゴンがいる森はとても深く、普通の人間では到底入って来れない。なぜならば、入ってきても多くの魔物や竜族に襲われてしまうし、また、森全体に漂う不思議な霊力の影響で、精神を乱され、普通の人間ならば一日と持たないからである。
この森の名は“コンパルサ”という。
古代の言葉で「深淵なる森」という意味である。
遥か昔、古代魔導帝国が世界を支配していた時代からあり、ところどころで、古代帝国の遺跡が崩壊し、苔むした壁や石像などに出くわす。
ガラはなるほどと思った。
そして、すいすいと森の中を歩いていくと、何か違和感を感じ始めたのである。
「おかしいな…」
「どうしたガラ?」
「いや、この森に入ってきた時に出てきた魔物や竜族に全然出くわさないんだよ」
セレナは少し笑みを浮かべて言った。
「私がいるからだよ。皆、私の存在に気付いて道を開けてくれているんだ」
「ほう、なるほどな」
それを聞いてガラは内心ほっとしていた。
なぜかというと、セレナとの戦いで剣を破壊されてしまっていたからだ。残す武器は、脇にしまってある短刀しかない。もし今、森の化物に出くわすとやっかいだと思っていた。また、竜族たちもセレナのドラゴン程ではないが、かなり強力な相手であった。
「思っていたより早く町に着きそうだ」
森を抜けると街道に出る。街道からはパンテラの町まで一直線に進めば着く。セレナは時折りすれ違う馬車や旅人に興味深々であった。
「おい、あまり目立ったことするなよ」
ガラは人差し指を立てて言った。
「分かっておる。ドラゴンにはならない方がいいのだろう?」
「そらそうだが、町は憲兵がうろついてんだ。あまり目立つとめんどくせえことになるからよ」
セレナはうんうんと頷いた。ガラは、やれやれといった表情で歩いていく。
しばらくすると、とある旅団の馬車が近付いてきた。先導する馬、馬車が2台、そして、後続の馬が続いている。馬車には布が被され、前の馬車には、布の隙間からたくさんの荷物が積まれていた。
しかし、後ろの馬車には、布の隙間から檻のようなものが見える。そこに入っていたのは、数人の子供であった。皆表情は暗く、うつむいている子、またうつむきながら泣いている子がいた。
セレナはその馬車を不思議そうに見つめる。
ガラは、セレナに向けて言った。
「奴隷商だ。あまり近付くなよ」
セレナは不思議そうな顔をした。
「どれいってなんだ?なぜあの子たちは皆泣いているんだ?食われるのか?」
ガラは少し足を早めた。
「いいから来いって」
しかし、ガラの忠告を聞く前に、セレナは旅団の後続の馬に近付き、声をかけてしまった。
「なあ、この子たちをどうするんだ?」
旅団の男は少し驚いた様子でこう言った。
「あん?こいつら亜人種は高く売れるんだよ。邪魔すっとお前も檻に入れるぞ」
ガラは後ろを振り向いた。
「しまった!」
ガラはセレナを慌てて呼び戻そうとする。
「子供たちは泣いてるぞ、可哀想だから離してやってくれないか?」
突然声をかけられ、旅団の男は呆れた顔であった。
「ああ!?何言ってんだ?お前商売の邪魔する気か?」
そう言うと、旅団の先導に向かって止まるよう叫んだ。先導していた馬がこちらに来る。
「なんだねえちゃん、お前貴族か?この子らは高いぞ?」
すると檻の中に入っていた子供たちが叫ぶ。
「おねーちゃん!助けて!」
そこに駆け付けたガラは、すぐさま旅団に向かって言った。
「わりぃな!こいつは俺のツレでちょっと頭の病いってやつでさ、これから町に連れて行くんだ!」
旅団の男たちはやれやれと言った表情で、また進もうとする。
しかしその時であった。セレナはおもむろに柵に手をかけたかと思うとバキッと破壊してしまったのである。旅団の男は慌てて叫んだ。
「お、お前何やってる!」
旅団の男が怒鳴りながら、セレナの方に駆け寄るが、言葉を次ぐ寸前に、白目を剥いて馬から落ちてしまったのである。旅団の男の背中には矢が刺さっていた。それを見たガラは咄嗟に叫んだ。
「盗賊だセレナ!逃げろ!」
瞬く間に街道の影からゾロゾロと武器を持った盗賊たちが姿を現した。10人ほどであろうか、剣や弓、鎌や斧などを手に持ち、つぎはぎの鎧や兜を被っている。それは町の店に飾ってあるような上品な代物とは到底思えないつくりであった。
ガラはちっと舌打ちしながら短刀を抜いた。
「ちと多いな!」
セレナはガラの方に向き叫んだ。
「ガラ!子供たちを連れて逃げて!」
子供たちは檻から飛び出し、ガラの方へ走っていくが、盗賊に行手を塞がれてしまった。
セレナの周りにもわらわらと盗賊たちが囲んだ。
「おいおい、こいつは上玉だぜ!荷物だけじゃなくこいつも、連れて行こう!」
「ケヒヒ!奴隷のガキ共も一緒にな!」
セレナはみるみる怒りに満ちた表情になっていく。銀髪は逆立ち、オレンジ色の目はギラギラと光出した。ガラは、セレナから異様な殺気を感じ取った。
「まずい!あいつ変身する気だ!」
その瞬間、セレナの体が光り輝き、角、羽、尻尾が生え、白い肌から銀色の鱗が浮き上がり、みるみるうちに大きくなっていく。
「グオオーン!!」
盗賊たちは驚き、慌てふためいた。腰が抜けたり、逃げ出したり叫び出した。旅団の男たちも同様である。
ガラは一瞬の隙を付き、子供たちを塞いでいた盗賊の喉元に短刀を突き刺した。
盗賊は倒れ、ガラは子供たちを抱えて走り出した。
「お前たち、こっちだ!ここは危ないぞ!」
数メートルほど離れた木の陰に子供たちを避難させ、ガラはまたセレナの元へ走り出した。
セレナは尻尾で数人の盗賊を一気に吹っ飛ばした。そして、口から炎を吐き、さらに数人の盗賊たちを焼き尽くした。
残りをガラが短刀と火の力で倒していく。
あっという間に盗賊は全滅してしまった。
子供たちはその様子を驚きながら見ていた。
セレナは徐々に人間の姿に戻り、ふうっと一息ついた。そして、気まずそうな顔をしてガラを見た。
「ガラ、ごめん。私…」
ガラは無言で盗賊の死体を道の脇に放り投げ、セレナの方に向く。
「…」
何かを言いかけたが、子供たちがわぁっとセレナのまわりに集まる。セレナはしゃがんで子供たちを撫でたり、抱擁したりしている。
ガラは言葉を飲み込み、倒れている旅団の男の服を脱がしていく。
「セレナ、これを着ろよ」
セレナが着ていた布切れはドラゴンに変身した時破れて無くなってしまったのであった。
セレナの白い肌は、透き通るように美しく、すらっと伸びた脚は曲線美を描き、この世のものとは思えないまさに絵画の様であった。
セレナはガラから旅団の男が着ていた服を受け取り、着た。
「ガラ、この子たちは…どうしよう?」
少し困ったような表情を浮かべながら、セレナはガラに申し訳なさそうに言った。
ガラはもう一人の旅団の男の服を脱がし、それを着た。服はチュニックとローブであった。
服を着たガラは、セレナに言った。
「そのガキ共を馬車に乗せろ」
セレナは険しい表情になり、ガラをキッと睨み付けた。
「ガラ…!
セレナが何か言おうとしたが、それを遮るようにガラは言った。
「ちょうどいい。俺たちが旅団に成りすましてガキ共をパンテラに連れていく。心配すんな。奴隷商に渡したりはしねえよ。パンテラに孤児院がある。そこにそいつらを預ける。俺たちは見張りの憲兵にも怪しまれずに町の中に入れるってわけだ」
セレナはほっとした表情を浮かべた。
「ガラはいい人。やっぱりあなたについて行きたい!」
その時、ガラは心のどこかで懐かしい感覚がした。しかしそれが何なのか、彼にはまだ分からなかったのである。
セレナは馬車に乗りガラに聞いた。
「なぁ、ガラ。どうして人間は服を着るんだ?」
ガラは、突然の質問に少し戸惑った。
「…あ?そ、そりゃ裸でいると…その…」
「その、なんだ?」
セレナは純粋な目をガラに向ける。目がキラキラと輝いている。
ガラは、そんなセレナの透き通った目をチラッと見ながら少し顔を赤らめて言った。
「こここここ興奮するんだよ!…つまり、あれだ…ああくそ!なんて言ったらいいか分からねえ!とにかく人間はドラゴンと違う。何か着てねえとダメなんだよ!」
セレナは、何故ガラが少し戸惑っているのかよく分からなかったが、人間はそういうものなんだなとこの時は思った。
「ふーん、そっか!」
一行はパンテラに向けて進みだした。
【貿易都市パンテラ】
パンテラは商業で栄えた交易都市である。町は人々で活気に溢れ、街道を通して様々な物資や人々が行き交っていた。
町で一番大きな酒場“ダイヤモンド・ダレル”にはギルドが存在し、魔物狩猟や、討伐、捕獲、または鉱石の採掘など、様々な仕事を人々に斡旋していた。
そこを取り仕切る支配人が、“ギリオス・ブラウン”である。年齢は55歳くらいの人間種の男性で、浅黒い肌に鋭い眼光。髪の毛は無く、長く伸びた髭は先で編み込まれている。
恰幅の良い体には威圧感があり、低くしゃがれた声でゆっくりと話すのが特長的であった。
ギイイ…と酒場のドアが開くと、二人の人間が入ってきた。ガラとセレナである。二人は旅団から保護した子供たちを町の孤児院へ送り届けた後、ここ“ダイヤモンド・ダレル”へとやって来た。
かつかつと足音を鳴らし、酒場の奥へと入って行く。店内にはたくさんの客で賑わっていた。ほとんどが屈強な傭兵や、旅人、または賞金稼ぎなどの連中であった。
ガラたちはどうやら旅団の格好をしているせいで、まわりの人間には怪しまれることはないようだ。そして、カウンターの前にやってきたガラは、カウンター越しにバーテンダーに話しかけた。
「ガラだ。ギリオスはいるか?」
バーテンダーは、驚いた表情で言った。
「おお、ガラ!あんたまさか…生きて帰って来たってのか!?」
その声を聞き、ガラたちに近付く一人の女性がいた。彼女は“ドロレス・マーキュリー”ガラよりも少し背は低いが、筋肉質でしなやかな体付き、その肉体美を邪魔しない程の露出度の高いアーマーとマント身に纏(まと)っている。その黒い長髪は編み込まれ、後ろで束ねられている。
「ガラ!あんた、よく帰ってきたな!」
ガラはドロレスと抱擁し、握手を交わす。
「ドロレス。ギリオスはいるか?」
「ああ、奥にいる。案内するよ」
ドロレスに案内され、二人は酒場の奥へと進む。奥には丸く大きなテーブル、さらに奥に大きな椅子に腰掛けた男性がいた。両脇には武器を携えた屈強な男が二人立っている。一人は体は人間だが、毛皮で覆われ、顔は人狼風の出立(いでたち)である。もう一人は、羊の様にくるっと曲がった角が頭の両脇から生え、こちらも屈強な体付きだが、足は鹿のように人間と逆に折れ曲がった様に立っている。
まるで“フィーンド“の様な出立であった。
パンテラは、交易で栄えた都市であるが、人種の交わりも多く、かなりの人種が入り混じっている。獣人やエルフ、ドワーフ、フィーンドなどはそうであるが、それらがグラデーションを成し、十人十色の人種が入り乱れているのである。
しかしながら、パンテラは人間種が多数を占めており、上流階級にいくにつれて人間種が多くなっていく。ガラたちが奴隷売買の旅団に出会ったのは、まさに他人種に対する差別的な考え方が根強く残っていることの証左であった。
また、ギルドは多くの仕事を取り扱う性質上、亜人種系が多数を占めている。
椅子に腰掛けた男性は、パイプを加えながら入ってきた二人に目をやると、目を丸くした。
「ガラ!こいつは夢か?お前まさか…」
「ギリオス。ああ、こいつを見な」
ガラは革袋からドラゴンの牙や爪を取り出し、テーブルの上にどかっと置いた。
ギリオスは目を見開き、両手を頭に乗せて言った。
「こいつ…本当にやりやがった!がはは!信じられん!あの伝説のドラゴンだぞ!?『炎のガラ』の名は廃れちゃいなかった!まさにお前は生ける伝説だ!」
興奮したギリオスは、すぐに隣に立つ人狼風の護衛に声をかけ、錠前がついた箱を持ってこさせた。ギリオスは机の引き出しから鍵を取り出し、箱を開けた。
「1、2、…よし、ほら約束の5000トレントだ!
ガラはテーブルの上にバサッと積まれた札束を革袋に入れた。ギリオスはふとガラの隣りに立つセレナに目をやった。
「ガラ、彼女は誰だ?旅団にしちゃ若いな」
ガラは表情を変えずに言った。
「こいつは俺が雇った魔法使いだ。旅団にいて良い腕を持ってたんで俺が引き入れた。…ったく、あんたも意地が悪いな。ドラゴンが3匹もいたなんて聞いてなかったぞ。さすがに死ぬかと思ったぜ」
ギリオスは少しバツが悪そうな顔をした。
「3匹か…いや、何、だからわざわざ俺はお前をフォークリーフから呼び寄せたんじゃないか」
ガラはふんと鼻をならした。
「とにかく、これでしばらくはお前の顔を見ずに済むぜ。達者でな…」
立ち去ろうとするガラに、ギリオスは立ち上がりながらガラを止めようとした。
「ちょっと待て待て!お前とは長い付き合いじゃないか!少しは俺からも何かさせてくれ!」
ギリオスがそう言うと、ガラの後ろにいたドロレスが続けて言った。
「そうだよ!何せあんたは伝説を作っちまったんだからね!あたしにも何か奢らせてくれよ!」
ギリオスは店に出て周りをを見渡し、大きな声で叫んだ。
「みんな聞いてくれ!炎のガラが伝説のドラゴンを見事退治したぞ!今日は俺の奢りだ!皆、ガラの功績を讃えてくれ!」
酒場中に鳴り響いたギリオスの声に、店内は一瞬静まり返ったが、すぐにオオー!という怒号の様な歓喜に包まれた。
ガラたちはしばらく酒場で猛者たちからの祝杯を浴びた。ある者は肩を叩きながらガラを褒め称え、またある者は泣きながらガラの帰還を歓迎するのであった。
ドロレスは麦酒の入ったコップをガラのコップに合わせ、カチンと鳴らした。
「とうとうやったね!さすがはあたしが見込んだ男だけあるよ。で、これからどうすんだい?」
「そうだな、訳あってあまり長くは居られねえんだ」
ドロレスは少しがっかりした様子で言った。
「なんだ、そりゃ残念。ま、いいさ。あんたらしいよ。またここに来た時は寄ってくれよ!」
確かにガラには少し心配なことがあった。セレナの存在である。旅団の一件での変身のように、またいつかそうなるやもしれぬ危険性を抱えながらこの街に滞在するのは、大きなリスクを抱えることになる。ましてやドラゴンが退治されていないなどと知れたら、誤解されかねない。下手をすれば牢獄行きである。
ダイヤモンド・ダレルを出たガラは、セレナの格好を見て言った。
「…お前の格好は少し目立つな。ちょっと来い」
「ん?どこへ行くんだ?」
セレナはワクワクした。彼女にとって生まれてはじめての人間の町である。ガラはすたすたと歩き、露店が立ち並ぶ広場へと入っていく。
セレナはガラに付いて行きながら、あたりをキョロキョロ見渡している。建物や看板、通りに行き交う人々、彼女は興奮した様子でガラに話しかけた。
「ガラ!これは何だ?」
「ガラ!凄いな!人がたくさんいる!」
「ガラ!あれは…
興味深々なセレナをよそに、ガラはどんどん通りの奥へと進んでいく。
そして、ガラは、“ヴィニーの服屋”という看板が掲げられている店に入った。
「お前さんその格好じゃ逆に怪しまれるからな、何か違う服を買ってやる。おい、店主よ!」
セレナはパアッと笑顔になった。
「えっ!私に服を買ってくれるのか?やった!!」
頬を紅潮させピョンピョンと飛んで喜ぶ姿は、まさに女神の様であった。
奥から出てきた中年の女性店主は、セレナを見て目を見開いた。
「あらまあ!何と美しいお嬢さんだこと!」
店主は、ガラに何かこの娘に似合う服を見繕ってくれと頼まれた。ガラは先程ギルドで高額の報酬を得たばかりである。店主に金額に糸目はつけないと伝えた。
店主は、感激した様子で次から次へとセレナに会う服を選び、着せては脱がし、また着せていく。
しばらくすると、セレナはガラに言った。
「ガラ!これどう?」
淡いグリーンのコット(中世のワンピース)を見に纏ったセレナが試着室から出てきた。
くるりとまわりながら、ガラにとびっきりの笑顔を向けた。
それを見た瞬間ガラは驚嘆した。まるで神話の女神が地上に現れたかのようであった。
「…ほお、こいつは驚いた。お前さん、相当な上玉だよ」
これはガラの素直な気持ちだった。
「じょーだま?」
セレナはキョトンとした顔をしたが、ニコリと微笑んだ。
「ああ、今のお前さんを目の前にしたら、町中の娘、いや、貴族さんたちでさえ霞んで見えらぁ」
店主が興奮しながら小さい拍手をした。
「まさに女神様がこの地に降り立ったかの様ですわ!旦那様、一体どこでこの様なお方を娶(めと)られたので?」
ガラは少し照れたような顔をして言った。
「いや、嫁じゃねえよ。いくらだ?買うぜ」
服屋を出たあと、セレナは上機嫌で、踊る様にガラの後をついていった。その様子を見ながら街ゆく人々は、セレナに視線を注がずにはいられないのであった。
そして、セレナはガラを突然呼び止めた。
「ガラ!」
ガラは振り向いた。キラキラと陽の光に当たるセレナのそのあまりにも美しい姿に、ガラ自身もまともに凝視出来ないほどであった。
「ど、どうした?」
セレナは少し眉を顰(しか)めてお腹をさすっている。
「腹減った!」
ガラは、その美貌とは似つかわしくないセレナの突然の告白に、思わず吹き出してしまった。
「ぶっ!はっはっは!まったくお前は…ホント調子狂うぜ…」
その時、ガラは心の中がじんわりと温かくなった気がした。そして、懐かしい感覚が心の奥底から蘇ってくる感覚がした。
ガラは、例えるなら長い間、氷の中で眠っていたのである。心を閉ざし、笑うことさえなかった。寂しさや悲しみなどよりも深く深く、ずっと下の方に沈んでいた。それは虚無に近いのかもしれない。
しかし、たった一人の少女によって、ガラの鼓動はまた動き出したのだ。ガラは、街のざわめきや、臭い、太陽の光さえも久しぶりに感じ取れるような感覚があった。以前にもそれはあったが、明らかに何かが変わっていたのである。
それはまさに「生きる」ことであった。
ガラはこの竜の女によって、生き返ることが出来たのだ。
ガラ自身も、それは認めざるを得なかったのである。
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