裏
私は今、とても複雑な気持ちで目の前の男と対峙している。
数日前の私はまさにこの世の絶頂であった。この学園の腐った蜜柑にして、全ての諸悪の根源の文芸部の活動許可の取り消しに成功したからだ。
依然として、屋上で花火を打ち上げた阿保が誰かは分からず、その対応で忙しい思いをしていたが、目の前の馬鹿がいつ私に泣いて謝ってくるかを考えるだけで胸の空くような思いだった。
それがいけなかったのだろうか。
今朝から一緒に花火の件の聞き取りを行っていたお姉さまが明らかに不機嫌ですと言ったように、私に対しての対応が冷たかった。
勿論、そんな頬を膨らませたお姉さまも非常に愛おしくはあったが、お姉さまに嫌われると考えるだけで、この世の終わりであった。
お姉さまに、
「どうしたのですか? 私が何かしてしまいましたか?」
と聞いても、
「ツーン」
と可愛らしい声で、お返事をなさるばかり。
そこで、私は考えた。
お姉さまの弟である馬鹿が何かをお姉さまに吹き込んだに違いないと。
数日前に、文芸部の活動許可が取り消されたのに、未だに何一つ行動を起こさないのがその理由である。
お姉さまに働きかけ、私に圧力を掛け、活動許可を得ようとしているのは明白である。
そこからの私の行動は早かった。
クラスメイトにあの馬鹿が図書室にいると聞き、その足で図書室に向かい、そいつの前に陣取り、今に至る。
「一体何をしたの?」
まずは、優しく問いかける。
しかし、こいつは本に視線を落としたまま、何も返事をしない。
「無視しないで」
つい立ち上がり、声を荒げそうになってしまうが、図書室であることを思い出し、自制する。
図書室を見回っていた司書さんが、静かにねと、笑いながら、歩いていく。
本から視線を上げた馬鹿はお姉さまによく似た顔でいやらしい目をしながら笑っている。
気持ち悪い。
怒りをぶつけたくなるが、司書さんから注意をされた手前、声を出すことははばかられるので、お姉さまがなぜ怒っているのかを、ボディランゲージで再度尋ねる。
つまり、目の前の馬鹿を指差し、続いて指を上に向けることで、お前の姉、つまりお姉さまを表し、怒るジェスチャーをすることで、お姉さまが怒っている理由を尋ねる。
いぶかしげな表情で私のジェスチャーを見ていた馬鹿にも通じたようで、急に10円玉を取り出し、ハートマークを作る。
吐き気がするほど、気持ちわるい。
しかし、こいつがお金に卑しい守銭奴であることは既に分かっているし、今回の交渉はあくまで、活動許可の取り消しに対するものであり、金銭の要求ではないはずだ。
では、10円玉が何を意味するのかを考える必要がある。
そこで、文芸部と関係のあるもので10円玉とつながりそうなものとして挙げられるのは、2年6組のマスコット猫のコインだ。
そして、私はコインが猫であることから部員とは認められないとして、活動許可の取り消しを行った。
では、ハートマークは何を意味するのか?
そのままだろう。お姉さまがコインを愛しているのだ。確かに、お姉さまはかわいいものに目がない。コインのことが好きでも不思議ではない。
つまり、私がコインのことを部員としては認めないと軽く見たことが、お姉さまの逆鱗に触れたのだろう。
そのことに気づいた私は目の前が暗くなる思いだった。
こいつは今回何もしておらず、ただただ私が自ら地雷を踏んだだけ。
そして、こいつは何も知らない私をあざ笑っていたにすぎない。
この時点で、私と目の前の馬鹿の勝負はついていた。
私にできることは、どうすればお姉さまの怒りを解くことが出来るかを尋ねることだけであった。
すると、馬鹿は勝ち誇ったような表情で、自分の胸に手を当て、その後、人差し指で私を指差し、両手で鍵の形を作った。
つまり、部室のカギを返せ、と言うことだろう。
当然の要求であり、確かに、お姉さまの怒りを解くには、コインを尊重した対応を取るそれしかないのだろう。
私はお姉さまの誤解を解くために、生徒会室へと走ることとなった。
「文芸部の活動許可について、話があるんだけど」
生徒会室に着いた私はまず会長に切り出す。お姉さまはまだそっぽを向いていて、私の話を聞いてくださらないので、先ずは誤解を解くところから始めないといけない。
「君がこの前持ってきた稟議書と部室の鍵のことかな」
何もかもお見通しです、と言わんばかりのいつも通りの生徒会長もあの馬鹿ほどではないが気に食わない。
「そう、それ。まだ会議に回っていなかったよね。誤りがあったから、取り下げたいんだけど」
活動許可の取り消しをあの馬鹿に告げ、部室の鍵を回収はしたが、実際にはまだ、正式な決定はなされていない。
だからこそ、今なら、まだ挽回が可能だ。
「特に問題はなかったと思うけど、何が間違っていたのかな?」
私とお姉さまを見ながら、笑っている会長は、今回の件について、既に分かっているのだろう。
何せ、会長はあの馬鹿の親友であり、業腹なことにお姉さまと親密な関係にあるのだから。
「数えなおしたら、部員は足りてから。1年生が2人に、二年生がコインを入れて3人で、計5人。当然、コインはわが校の生徒ですし、部員として、数えられます。そうですよね、お姉さま」
あいつに頭を下げるのは屈辱ではあるが、お姉さまに嫌われないためなら、しょうがない。
お姉さまが白と言えば、カラスも白いのだから。
「ええ、もちろんです。コインは正式に学生証まで与えられているのですから、間違いなくわが校の生徒です。そもそも、コインの可愛さはさながら外科医に舞い降りた天使のようで……」
先ほどまでは、私に背を向けていたいお姉さまも急に早口でコインのことを語りだす。
尊い。
「まあ、君たちがじゃれあってるのは、いつものことだし、今回もこうなるとは思っていたから問題ないけど、今回の件はしっかり謝っておきなよ」
今もコインの可愛さを話し続けるお姉さまに苦笑しながら、会長が私にそう告げ、部室の鍵を私に渡す。
私もお姉さまのお言葉であれば、全てを拝聴したいところではあるが、コインの歯の形の可愛さは私には到底理解できそうになく、会長の言葉に顔をゆがめながら、私はその鍵を何と言って、返そうかを考えながら、お姉さまの2時間続いたコイン談議に相槌を打ち続けるのだった。
そして、それから数日後、会長がいつになく上機嫌で一枚の紙を読んでいた。
「君も読むといいよ」
そういって渡されたのは、部活の活動報告書であった。
こんなものの何が面白いのだろうか?と思って、受け取った私は部の名前を見て、眉を顰め、そして、怒りとともに読み終え、ただ叫ぶしかなかった。
「そんなもん分かるか、ボケ‼」
なお、木下は停学になった。
図書館問答 端木回 @tanboku-kai
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