第11話 勇者と生徒と酒場娘の昼食

 香ばしい匂いに釣られながら、俺たちは赤い絨毯の上を進む。廊下の先――天井が高く吹き抜けになった広場が、ぱっと視界に広がった。


「おおっ……! これが“食堂”というやつか!」


 大理石の床に反射する光。ズラリと並ぶ石造りのテーブルはどれも磨き上げられ、そこに集う生徒たちが笑顔で昼食を囲んでいる。

 湯気、香り、そして賑やかなざわめき……あぁ、ここは一つの楽園だ。


「……コラッ。ヘンな行動とらないで。本当に……食べるだけなんですからね」

「ああ、もちろんだとも。ありがとう、ベル」

「まったく……どっちが教師なんだか分かりませんわ」


 ベルは小さくため息をつきながらも、足取りは軽い。

 俺はというと――顔は美少女仕様だが服はベルの運動着を拝借している。筋トレ大好きな女子生徒のフリをして乗り込んでいるのだった。


 食堂奥のカウンターでは、エプロン姿の女性がせわしなく料理を渡していた。

 まずはベルが、カウンターに向かって声をかける。


「すみません、Bランチセットをお願いします」

「は~い! お待ちください~!」


 カウンター上部には、AからEまでのランチセットの張り紙があった。


「ベル……ランチが……ご、五種類もあるぞ!」

「一つだけですのよ。ほら、さっさと選んで」

「そ、そうなのか……くっ…………なんて贅沢なんだ……学校の給食っ」


 Aは「グリルドラバード照り焼き定食」、Bは「海辺の恵みサラダボウル」、Cは「森と畑のシチューパイ」、そして――、


「ちょっと、悩みすぎですわ! なんだったら、わたくしと同じ――」

「Dだ! 『マジックコロッケバーガーセット』を所望する!」


 揚げたてコロッケの中はホクホクの芋とチーズ! 熱々の野菜スープ、プラム味のドリンク、小さな焦げ菓子まで付いてくる……だと? 夢か!? なんてお得なセットなんだ!


「……“町の子供たちにも大人気”と書いてありますけれど。そういえばあなた、いくつなんですの」

「27歳だ。あと三年で三十路の……儚き存在……俗に言うイケメン年齢だ」

「言いませんわよ……ていうか、何よそれ」

「え? そうなのか? 俺の故郷の村長が「27歳は儚くて良い。最高じゃ」とか言ってたのに……」


 くそ、あのじーさん、俺を騙しやがって!

 そんな会話の最中に――、


「ああ~ごめんなさい~! Dセット、終わっちゃったの~!」

「そ……、そんな馬鹿なぁッ!」

「ちょ、ちょっと! こんなところで目立たないでよ!」


 崩れ落ちる俺に、ベルが焦った顔で俺を立たせようとする。

 そうこうしていると、カウンター奥の女性が優しく笑いかけてくれた。


「そんなに残念がってくれるなんて、嬉しいな」


 ――俺は、その笑顔を忘れていなかった。


「……チャーム、じゃないか」

「あれ? わたしのこと知ってるの? 可愛いお嬢さん、会ったことあったっけ」

「ああ……そうか。今の俺は……分からないか」


 そうだった。今の俺は声帯まで変えている美少女モードである。無理もない。


「フフ、良くわからないけど、ちょうどわたしのお仕事終わるところなの。賄い作るから、良かったら御馳走するよ? そっちのお嬢さんも」


 ああ、やっぱり君は太陽の下に咲く黄色い花だ――。



 * * *


 俺とベルはチャームに案内され、食堂のバックヤードへと通された。

 裏口特有の、香ばしいパンの匂いと、スープの湯気が入り混じる空気。そこに、小さな丸テーブルが一つ置かれている。


 腰を下ろして料理を待っていると、チャームが両手にプレートを抱えて、ぱっと笑顔でやってきた。


「おまちど~! 本日の賄いは、『日替わり冒険者風ランチ』で~す!」

「うぉー!!」

「そんなに喜んでもらえると、作り甲斐あるな~!」


 テーブルに置かれたプレートには、干し肉のハーブ炒め、固焼きのパン、湯気の立つスープ。

 脇にはチーズと根菜のマリネ、ハチミツ干しの果物まで。


 ――なんて豪華! こんなの、食べたことがない! プレートランチ! これは世界を救うぞ!


 朝、セバッチュが用意してくれた朝食も品があってゴージャスで感動したが、こちらは“胃袋を掴まれる”ような感じだ……!


「いいか? もう食べても……!?」

「いいよいいよ、どうぞ」


 俺はガツガツとフォークを進める。

 ――ウマい……! もう掴まれた! 完全に俺の胃袋は陥落だ!


「うまい! うまい! うまい! ガシャガシャ ぐァつ! ぐァつ!」

「……す、凄い食べっぷりだね。この学校にこんなお嬢さんがいるとは……」

「あ、あはは……」ベルが少し引き気味に笑う。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたしはチャーム。あなたたちは?」


 俺の食事を眺めながら、チャームは両手で頬杖をつき、興味深そうにこちらを見ている。


「わたくしはベルと申しますわ」

「ぐァつ! ぐァつ! 俺はユシャだ」

「…………俺?」


 チャームが不思議そうに首を傾げる。


「あっ、えっと……この子、最近男言葉にハマっているんです。ね!? ね!?」

「ゴクン……。別にハマってないぞ。元からこういうしゃべり方だ。おかしかったらすまない」

「ちょっと……!」


 ベルがキッ――と睨みつけながら、テーブルの下で俺の靴を踏む。

 ふふ……秘密の共有ってやつか。だいぶ仲良くなってきたな。


「……そういえばさっきも言ったけど、わたし……あなたと会ったことあったかな?」

「会った……は会ったのだが、君は覚えていないだろうな」

「えぇ~……そうなの? あなた変わってるし、一目見たら忘れなさそうだけどなぁ……オカシイなぁ…………な~んか、会ったことあるような気もしてきたなぁ」


 頭を抱えて悶々とするチャーム。

 別に隠す必要もないのだが、一応騒動の後だしな。


 そもそも①勇者→②元勇者(一般人)→③美少女、という三重の仮面状態で、ややこしいな。もう色々面倒くさくなってきやがった。


 チャームと会ったのは②の頃だし、俺が勇者だったことも知らないはずだ。マスターは知っているが……。

 まぁ、もうクビになったことだし、今更名乗るつもりはない。


 俺ががっつく横で、ベルは上品に「いただきます」と手を合わせ、スプーンで少しずつ口に運んでいた。


「……美味しいですわ。でもまさか職員の方と、昼食をご一緒するなんて」

「職員なんてそんな。違う違う。わたし、酒場の娘なんだ。で、ウチの店がこの学校と提携してるから、給食の宅配から配膳までやってるってだけなの」

「そうなんですの。どうりで庶民風……あっ――ごめんなさい!」

「あーいいのいいの。こんな素敵な学校の給食がこんな感じだとヘンだもんね。でも結構人気みたいだよ。今度の『双星競技会(そうせいきょうぎかい)』でもたくさん発注もらってるんだぁ」


 チャームがにこにこ微笑む。


「そーせー? なんだそれは」

「この学校の一大イベントですわ。武技と魔法の才を競い合う祭典です」

「ほほぅー! ナルホド! 俺もそういうのはやったことがある!」


 勇者村では『勇者大運動会』を時おり開催している。

 ちなみに前回、俺は2位だった。本気を出せば1位だったに違いない。


「ユシャちゃん、転校生? 一ヶ月後だよ? 知らなかったんだ」

「ま、まぁ……そんなところだな」

「……ふぅ~ん」


 チャームがじっと俺を見てくる。……怪しんでるな。

 俺は話題を変えるべく、ベルに視線を向けた。


「面白そうじゃないか! なぁ、ベル!」

「い、いえ……わたくしは……別に…………どちらの才能も……ありませんから」

「これから鍛錬に励めば良い。一ヶ月あれば、どうにでもなる。あのソニーとかいうヤツを、コテンパンにしてやろう」

「ミリー!」

「フフフ、楽しそう。いいなぁ学生。わたし、学校は通えなかったからなぁ……」

「俺も通ったことがなかった。だからなんでも新鮮だ」

「やっぱりそうなんだ。この学校は文武両道を教訓にしてるし、色々なことが学べて楽しそうだようね。卒業後は冒険者になる人も多いから、ゆくゆくは是非ウチの酒場に来て欲しい! って想いもあって提携してるんだ。キミたちも冒険者になるの?」

「あっ……わたくしは――」

「ベルは今考え中なんだ」

「そっか~……進路とか、色々大変だよねぇ……青春だなぁ……」


 少し羨ましそうに、チャームは微笑んだ。

 三人でこうして昼食を囲めたことが――俺はただ、素直に嬉しかった。

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