SはSしか投げられない

シェイクスピアのロミオとジュリエットは恋愛物語と言われているが
当時の時代背景を考えると

①ロミオが追放されることはホームレスよりつらい

②神父が毒を調達するということは為政者暗殺を疑われても仕方がない

③女性が比較的高い生活水準で生きて行くには男性の経済力が必要

以上を考えるとロミ・ジュリは恋愛物語ではないという仮説が立つ。

そうすると叶わぬ恋はモチーフであることに気づく。

受け手である当時の観客も同じ気持ちだったに違いない。

昨今炎上している古典を参考にしたご都合設定の王女の物語もそこからでたのだろう。

古典的手法をそのまま採用して目の肥えた日本の消費者に刺さるのかという実験だったかもしれない。


BLだけでなく恋愛物語自体が社会批判であるとするならば、

ハードボイルドな人たちから敬遠される恋愛物語自体がハードボイルド以上に強烈なメッセージをもったジャンルであると言えるようになる。

本作はちゃんと常識と『認知ギャップ』を読者に提示し、暗に社会規範によって押しつぶされる個人を描いているところが素晴らしいと思う。

ストレートからみた『彼』は若気の至りとしてちゃんと描かれているし
『僕』はちゃんと異物として描かれている。

叶わぬ恋が人間の良心から来る社会に対する淡い期待とするなら、私たちは他人の恋を批判し断ずることが出来るだろうか?

それは弱者と言い換えた場合、深く傷を負った人と言い換えた場合、それでもストレートな人たちはBLやGLの物語を敬遠すべきだろうか?

そんなことを考えさせられる作品だった。