【短編怪談】伝承の地巡り
佐藤莉生
【短編怪談】伝承の地巡り
私自身が体験したものではなく、父の高校時代の友人が体験した出来事。
父の友人……仮に、越前さんとしておく。
越前さんが20代、大学生だった頃の話。
父曰く、越前さんは周囲と比べていささか裕福な家庭で育った子供だった。いわゆる、お金持ちのお坊ちゃまとである。
何でもご先祖様は野武士集団の筆頭から豪農にまで成り上がった方らしく、江戸・明治時代以降も紡績業をはじめ、数々の事業を手がけて財閥とまではいかなくても、地域では名の知れた富裕層の仲間入りを果たした家系だった。
とはいっても嫌味な感じはせず、父は越前さんと仲良くしていた。高校卒業後は交流することはあまりなくなったが、たまに一緒に飲みに行ったりしているという。
越前さんは車が好きで、大学受験を終えた直後に免許を取りに教習所に通う程だった。進学先の大学では経済学を学んでいたが、卒業後は大手自動車メーカーに就職した。
以降は具体的に何があったのかは分からないが紆余曲折があったようで、千葉県に帰省して現在は地元で自動車整備士として働いている。
社会人になってからは私自身も大変お世話になっており、父の車のオイル・エレメント交換や車検等を行う時は越前さんの務める会社を訪れていた。今ではその作業の合間に、彼とは世間話なんかもする間柄となった。
仕事にするほど車好きなこともあり、越前さんは宛てもないドライブに出かけるのが好きなのだという。大学時代、ひいては現在においてもそのアクティブな趣味は続いている。
では……そんな越前さんのお出かけ先。
それは一体、どんな所か。
普通だったら観光名所や美味しいご飯屋さんなどを想像するが、越前さんのお出かけ先は少し風変わりだった。
心霊スポット……とまではいかないが。
県内外問わず、昔話の発祥の地や不思議な言い伝えの残る場所へ好んで出かけていたのだ。
千葉県内で例を挙げるなら。
旱魃から人々を救った龍神伝説の残る、県北に位置する海跡湖、印旛沼。
狸囃子の民謡が有名な木更津市の浄土真宗の仏教寺院、証城寺。
『日本書紀』や『古事記』などにも登場する古代日本の皇族・ヤマトタケルの妃であるオトタチバナヒメの霊が現れるとされる、橘禅寺の森(通称:たちばなの森)。
……などと、何とも珍妙な場所を訪れていた。
非常に珍しい趣向だが、本人はとても楽しんでいるとこのことだった。
とはいえ。さすがに風変わりすぎる趣味なため、越前さんはこの伝承の地巡りのことをあまり人に打ち明けていない。なので余程仲の良い親友でない限りは、このことを知っている人はいない。無論、越前さんは家族にもこの珍妙な趣味を内緒にしている。
ちなみに、私の父は越前さんの趣味であるこの「伝承の地巡り」を肯定している。父からこの話を聞いた私は。越前さんの会社を訪れた際に何のけなしに彼の趣味について言及してみた。
すると越前さんは嬉しそうに自身の趣味について話し出した。今回紹介するのは、彼が訪れた場所の一つについての奇談である。
確か、2019年の6月下旬頃。
越前さんはかつて美しき姫君が虐殺されたという言い伝えの残る、隣県のとある場所を訪れていた。
それは広大な田んぼの中にポツンとある雑木林。ネットの情報によれば、標高が15mあるので小高い山ともいえる。
「真子山(まなこやま)」という名前だそうで、インターネットで検索しても情報はあまりなかった。もっと言えば、地元の図書館にすら真子山について紹介されている書籍は二冊ほどしかなかったという。
恐らく昔から住んでいる地域住民でも、知っている人がいるかいないか分からない場所なのだろうと越前さんは考えた。
畦道を自家用車で進み、木林の近くまでやって来ると駐車をして、そこから周囲をトボトボ歩いてみて入口を探す。
林の東側に小さな山の入口らしき場所を見つけ、そこから草が茂った獣道を進み、雑木林の中央にあたる場所までやって来ると苔むした大きめの石碑を見つけた。
石碑の近くには木材で枠組みされた白地の自立式の立て看板があり、この石碑についての説明が綴られていた。
本稿にてその全文を紹介する。
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《 真那子姫の墓 -悲劇の姫の物語- 》
天正13年、西暦1585年頃。
歴史上でいうところの、安土桃山時代と呼ばれていた頃に起こったお話です。
この真子山(まなこやま)から1.3キロメートル程離れたところに茅原城(かやはらじょう)という立派なお城がありました。そこには真那子姫という美しいお姫様が住んでいました。
真那子姫は慈悲深く心優しい性格で、お城の家来だけでなく麓の村で暮らす農民達にも愛されていました。村の子供達からも人気でよく一緒に遊んだりしたといいます。
ある日のことです。真那子姫がこの山へ散歩に訪れた時、草陰から4人の屈強な野伏達がザザッと現れました。
「姫さんよぉ。金目のもんを出しな、出せねぇって言うんなら……」
真那子姫は野伏の男達をぎっと睨み、
「あなた方が満足できる程の物は持ってはおりませぬ。疾く失せなさい。」
と答えました。すると怪訝な顔を浮かべた野伏達は真那子姫に殴る蹴るの暴行を加えました。真那子姫も負けじと抵抗しましたが、力虚しく生き絶えてしまいました。
「ざまぁねぇな。念の為に衣服を剥ぎ取って高く売れそうなもんがねぇか確かめるぞ。」
野伏達は真那子姫の衣服を剥ぎ取って丸裸にしました。手持ちの小袋に入った900文(※現在の価格で22,500円)程の一文銭だけでなく、野伏達は衣服までも「高値で売れそうだ」と強奪しました。
そして最悪なことに、丸裸で冷たくなった真那子姫を地中に埋めて山を去っていきました。
その晩、娘の帰りが遅いことを不審に思った父親の繁右衛門は家臣らと共に真那子姫の捜索にあたりました。真那子姫探しは夜通し続き、翌日の早朝に足軽の一人がこの真子山のこの場所で冷たくなった真那子姫を地中から掘り起こして発見に至りました。
繁左衛門は憤りよりも突然やってきた娘との永遠のお別れに嘆き悲しみました。なので犯人探しはせず、悲劇の最期を遂げた真那子姫を弔うために尽力したといいます。しかしなぜ、わざわざこの山に真那子姫を埋葬して、石工に頼んで石碑まで拵えたのかは分かっていません。繁左衛門の遺言、手記にもその理由は書かれていないため、彼のみぞ知ることとなります。
そうして作られたがこの石碑です。火葬した真那子姫の遺骨もこの下に埋葬されています。
石碑は1958年と、2005年の二度に渡って地元の石工職人の方々に作り替えていただいております。当時の人々、ひいては地元の方々総出で真那子姫の供養を行なっているのです。この小さな山の名前も、「真子山」と名付けられました。
平成十二年度九月 ●●市教育委員会
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越前さんは看板の裏面も見たようで、そこには綺麗めの手書きの赤い字で、
--真那子姫が寂しがっています。あなたがまた訪れるのを待っています。
と書かれていたという。
正直な所、越前さんは気味が悪くなった。
真子山を訪れたタイミングで曇天になり、薄暗く変貌したこの山が不気味に見えたというのもあるが。この「あなたがまた訪れるのを待っています」という書き込みがこの場所への来訪者、ひいては自分自身が来るのを想定して書かれたということが想像できたからだ。
加えて、看板裏面のメッセージを書いた人物の「寂しがっています」という真那子姫に同情しているかのような言い回しに、なんとも言えない気持ち悪さを感じた。
越前さんはその石碑の前で哀悼の意を込めて合掌をし、500円玉一枚を供えた。そして微かな声で「また来ます」と呟いた。
その後、無事自宅まで帰宅した。
*
一ヶ月後。
仕事の休憩中にスマホを見てみると、留守番電話が一件かかってきていた。番号をネットで調べてみると女性用下着メーカーの営業の電話であることが分かった。
一応、越前さんは留守番電話の内容を確認してみることにした。長さは10秒程で営業マンが自社について紹介を述べている。
「あっ、もしもしこんにちは〜。私、株式会社リコイル(※会社名)のアイザワと申します。突然ですがお客様……」
音声はここで途切れている。
アイザワと名乗る若い女性の営業マンが会社名を話した後辺りまで音声は続いていた。
が、このアイザワ氏の声ともう一つ何かを喋っている声が聞こえる。電話の主はオフィスにいるだろうから、他にも誰かしらの話し声が聞こえてくるのは当然だ。
しかし、話している内容が異様なのだ。
越前さんはBluetoothイヤホンを取り出して謎の話し声を聞いてみることにした。一体、何と言っているのだろうか。
「………だ………ては………な………か」
低めはもちろん、中くらいのボリュームでもまだはっきりとは聞き取れない。そこでボリュームを最大にしてみる。アイザワ氏の甲高い自己紹介が耳の中にうるさく鳴り響く。鼓膜が爆音でブルブル振動しているのを感じる。
しかし、謎の声が何を話しているかは聞き取れた。もう一度再生して、メモ用紙に文字で書き起こしてみる。
「まだ……いらしては……くれない……のでしょう……か」
囁くような声で話しているはずなのに、不思議と頭に直接語りかけているように聞こえる。謎の声が脳内に響いている、と表現した方が正しいかもしれない。
ボリュームを最大にしたからというのもあると思うが、これは何なのだろうか。
もう一度再生してみると先程よりも、
「まだ、いらしては、くれないのでしょうか」
とはっきり聞き取ることができた。
自分が留守番電話を再生するたびに、謎の声がはっきりと聞こえてくるといっていい。
しかし越前さんは不思議と怖いと感じてはおらず、むしろ面白いと思ったようで。謎の声が紛れこんだ留守番電話の記録を削除せず、残しておくことにした。
*
それから更に一週間後。
また越前さんのスマホに留守番電話がかかってきた。今度は自身が契約している銀行からで、内容はスマートカードローンの勧誘であった。
「もしもし、私●●銀行スマートカードローン案内センターのコボリと申します。●●銀行からのご案内でのご連絡です。本日ご不在でしたら改めてご連絡致します。では、失礼致しまーす。」
時間は13秒。そしてこれにも、イヤホンなしでは聞こえにくい謎の声が入っていた。コボリなる男性銀行員が自己紹介を済ませた後に、4秒程かけて何かを喋っている。
「………か………し………さい」
再び越前さんはワイヤレスイヤホンを両耳につけて、声を聞いてみた。そしてボリュームを最大にして聞こえた言葉をメモ帳に書き起こしてみる。
「どうか……いらして……ください」
前回といい、今回といい。
謎の声はどこかへ誘っているのだろうか。その相手はもしかしたら自分なのか?
……と考えると、越前さんには思い当たる節が一つだけあった。
言わずもがな、真那子姫が野伏達に虐殺された真子山である。そして石碑の前の立て看板の裏面に書かれた手書きの赤色の文字。
「真那子姫が寂しがっています。あなたがまた訪れるのを待っています。」
かつては地域住民が訪れていたであろう真子山の石碑は今や訪れる者は誰もいない。その石碑も2005年に作り直されて以降は半ば放置されたままで、すっかり苔むして寂れている。
ましてや真子山の所在する●●県●●市●●は年々過疎化の一途を辿っている。
真那子姫の眠る真子山は忘れ去られた地となってしまった。
看板の裏に「寂しがっている」と文字を書いたのはこの地にゆかりのある人物なのかもしれない。土地の所有者、石碑を作った石工職人、もしくは父・繁右衛門の子孫にあたる人物とか。
そんな供養に訪れる人がいなくなり、寂しがっている真那子姫のもとに越前さんが来訪する。
合掌をし、500円玉を供え。
更には「また来ます」などと呟いてしまった。
さぞ嬉しかったのだろう。
留守番電話に自身の声を何度も紛れ込ませて、心優しい越前さんを真子山へ呼んでいる。
*
2件の留守番電話に引き続き、越前さんは通常の電話でのやり取りも録音してみることにした。もしかしたら普通の通話音声にも真那子姫の呼び声が紛れ込んでいるかもしれない。
外部からかかってきた電話数件で録音を試してみると、やはり真那子姫の呼び声は録音されていた。これもイヤホンで聞いてみる。
「まっております、ずっと。あなたさまを。」
「いつ、おとずれてくれるのでしょう。」
「ひとりは、さびしゅうございます。」
タイミングといい、声の聞こえる時間はまちまちだが、「寂しい、待っている」という類の言葉を電話越しに越前さんに投げかけていた。
傍目からしたら不気味な怪奇現象だが、越前さんは怖いとは感じていなかった。
むしろ一人ぼっちで寂しいだろう彼女のためにあの場所を再訪しようと決めたという。
2回目の留守番電話から一週間後の休日。
越前さんは真子山を訪れていた。石碑には可愛らしい桜色のお饅頭を供えて合掌した。
無論、その日限りではなく越前さんは毎月一度は真子山を訪れているという。訪れるのが習慣になったというべきか。
全ては彼女に寂しい思いをさせないため。
たまに真子山への来訪を忘れることがあるそうで、そうなるとスマホの通話音声に「いらしてください」という真那子姫の呼び声が紛れているのだという。
この話を越前さんご本人から聞いた際、私も真子山や石碑の写真、そして問題の音声を聞かせていただくことができた。
聞いていた通り、不思議と「怖いという感じはしなかった」のが印象に残っている。
月に一度、真子山の真那子姫の元へ墓参りに行く。現在もその奇妙な習慣は続いているが、越前さんには心配事がある。
……家族にはこの行動を内緒にしているためか、奥さんやお子さんからは浮気の疑念をかけられているのである。
以上が私の父の知人・越前さんが体験し、現在進行形で続いている怪談である。
【追記】
越前さんは2025年現在、身体の不調により自宅近くの病院で入院生活を送っている。
ご家族の話では入院する一週間が経った辺りから頻繁に悪夢(※どのような夢だったかは家族には教えていなかったため、具体的な内容は不明)を見るようになり、「ごめんなさい、ごめんなさい」と一人で呟くこともあるという。
ご家族の了承を得て、悪魔にうなされている越前さんの様子を撮影した12秒間の動画を送っていただいた。
夜の病室の中で窓際のベッドに横になり、苦悶の表情で「ごめんなさい」と繰り返す越前さん。「ごめんなさい」と呟く時以外にも彼は口をまんべんなく開いていた。
これらの現象が真那子姫の声と関係はあるかは分からないが、これを読んだ読者諸氏が軽はずみに訪れないよう、念のために真子山の明確な所在地は非公開としている。
Xにも画像を何枚か掲載するが、くれぐれも「真子山」と書かれている看板を見かけたらその場所に近づかないことを強く推奨する。
(※本稿での表記は●●県●●市●●)
《完》
【短編怪談】伝承の地巡り 佐藤莉生 @riosato241015
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