異世界から来た猫耳少女、僕の部屋でひたすら寝る

RICE

異世界から来た猫耳少女、僕の部屋でひたすら寝る

終電に揺られてアパートへ帰り着いたのは、日付が変わった頃だった。

 いつものようにコンビニ袋を提げて階段を上り、鍵を差し込む――その時。

 ベランダの方から「コトン」と乾いた音が響いた。

「……猫?」

 不審に思ってカーテンをめくると、月明かりの下で小さな影が揺れていた。

 そこにいたのは――人だった。いや、人に近い何か。

 長い黒髪の合間から、獣のような耳がぴんと立っている。革の鎧に身を包み、膝を抱えた少女。

 金色の瞳が僕を見上げ、震える声を落とした。

「……ここ、借りてもいい?」

 耳がピクリと動いた。コスプレか何かかと思ったが、血のにじんだ頬と泥だらけの靴が、本物であることを物語っている。

「君……誰?」

「……異世界から来た。もう、歩けない。眠る場所が欲しい」

 あまりに突拍子もない言葉。でも、倒れ込んだ体を抱きとめたとき、確かに熱が伝わった。

 迷う暇もなく、僕は頷いていた。

 布団を整えて少女を寝かせる。彼女は「ミュナ」と名乗り、ほんの数秒で眠りに落ちた。

 その寝顔は驚くほど安らかで、耳と尻尾が呼吸に合わせてゆっくり動く。

「……本当に寝ちゃったのか」

 見知らぬ少女が、自分の部屋で、しかもベッドを占領している。

 状況の異常さに頭がついていかないが、起こす気にはなれなかった。

 僕は仕方なく、床に転がした毛布に潜り込んだ。

 夜中。物音に目を覚ますと、ミュナが身を起こしていた。

 差し出したおにぎりを、まるで宝物のように両手で抱えて食べる。

「……あったかい」

 小さく呟き、彼女は涙を浮かべた。

「なんで泣いてるの?」

「こんなふうに落ち着いて食べたの、久しぶりだから」

 戦いの中で生きてきた人間の言葉。胸の奥がきゅっと痛んだ。

「これからは、ここでなら……落ち着けるよ」

 僕の言葉に、ミュナはかすかに微笑み、再び布団に潜った。

 だが安らぎの時間は長く続かなかった。

 窓の外に、黒い影が揺らめいたのだ。人の形をした、異形の“何か”。

「……魔物」

 ミュナが低く呟く。窓ガラスにひびが走った。

 咄嗟に、僕は台所からフライパンを掴む。震える腕を必死に振り上げ、叫んだ。

「出ていけ!」

 声が夜に響く。影は一瞬たじろぎ、やがて闇に溶けて消えた。

 静けさが戻った部屋で、ミュナが僕を見つめる。

「……ありがと。守ってくれて」

 その微笑みは、どんな魔物よりも強く、眩しかった。

 翌朝。カーテンを開けると、光に照らされたミュナが立っていた。

「もう行かなきゃ。……でも、ありがとう」

「また来る?」

「うん。きっと」

 耳をふるりと揺らし、彼女はベランダから軽やかに跳び去った。

 残されたのは、温もりの残る布団と、胸に広がる奇妙な寂しさ。

 僕はため息をつき、そして笑った。

「……また、いつでも眠りに来ていいから」

 その声が届いていると信じながら。

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