🍚『令和のコメ争奪戦』

esErveandnowRTAreali

第1話

「これほどの多額の金銭を受け取ってよいのだろうか。

これだけあれば、しばらくは余裕のある生活ができる。」


「心配するな。あくまでも必要経費だ。問題などない。」


そうか、それならば遠慮なく頂戴しよう。

ただし、時間を要することはご了承願いたい。


神代信は大学卒業と同時に義玄の農業を手伝い始めた。

正式な就職ではなかったが、彼にとって農業は学生時代の現実から目を背けるための言い訳に過ぎなかった。


やる気を失った彼は虚脱感に苛まれ、何事にも身が入らず、心ここにあらぬ様子であった。

そこに暮らし向きの急激な物価高と米不足が重なり、さらに米の転売で一攫千金を夢見る自称仲買業者が跋扈する時代が到来した。


正義に燃える神代信は、この理不尽な状況を断じて許せなかった。

米の転売によって苦しむ人々がいるにもかかわらず、私利私欲のために必要不可欠な生活必需品を平然と手にする転売ヤーへの憎悪が、彼の胸に燃え盛っていた。


だが神代信には彼女がおり、相沢まゆという女性だった。

信は彼女から勉強の手ほどきを受けていた。


大学を卒業したにもかかわらず、「なぜまた勉強しなくてはならないのか」と、信は内心で戸惑いを覚え、工藤陸と同じ種類の人間なのかと自嘲した。


相沢まゆは――相沢まゆは、神代信が勉強できる能力はあるものの、単にやろうとしないだけの人間であることを見抜いていた。


「やればできるんだから、やりなさい」と促し、ご飯を食べたら整腸剤を飲むようにと言い聞かせた。


「なぜ整腸剤を飲むのか?効果があるのか」と問われれば、

それは私が登録販売者を目指しているからに過ぎない。


だから黙って飲んで、勉強しなさい。いい?


「まゆは、どうして毎日そんなに折り鶴を作るんだ?楽しいのか?」


「それはね……あなたがサッカーで挫折して、目標を失ったからよ。

折り鶴を作っている時は、嫌なことも忘れられるの。

それに、私はちゃんと目標があるの。」


「何だよ、その目標って?」


「それはね……足長おじさんみたいになること。」


「足長おじさん?何だよ、それ。」


「足長おじさんはね、私が小さい頃のヒーローなの。」


「何だよ、それ。」


「足長おじさんがいたおかげで、私の住んでいた施設は運営がずいぶん楽になっていたの。

義玄おじさんの妹さんが運営していた施設の利用者だったの、私。

今は、訳あって義玄おじさんと二人暮らしをしているの。」


やがて、日本を深刻な米不足が襲った。

逼迫する状況の中、神代信はネット販売に活路を見いだし、転売ヤーを懲らしめる一計を胸に秘めた。


米の転売ヤーは、自らの身元が明らかになることを恐れ、直接の取引のみに応じるようになっていた。

だが、神代信はひるむことを知らなかった。

その場所へ直接乗り込むつもりでいたのである。


「何だ、この転売ヤー……アイコンに折り紙なんか使いやがって。

まゆの爪でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。」


そう吐き捨てた信は、久方ぶりに闘志を燃やしていた。


翌日、なぜか転売ヤーとのやり取りが忽然と削除されていた。

しかし、データはゴミ箱にひっそりと残っており、神代信はそれを頼りに、問題なく転売ヤーとの直接取引に臨むことができた。


背後で何者かが動いている気配を感じながらも――。


この話を聞いた義玄も一枚噛むことになった。

しかし、なぜかまゆが割って入り、二人がかりで説得を試みるも、いつもの彼女とは違い、頑として譲らなかった。


その頑固さの奥には、何かよからぬ思惑が隠されているように見えた。


「義玄おじさん、まゆは普段ほとんどわがまま言わずに生きてきたんだよ。

たまにはわがまま聞いてもらってもいいじゃないか。」


「ダメだ。転売ヤーが何をするかわからない。まゆは連れていけない。」


「分かった。義玄おじさんが秘密の用事で遅くなっても、まゆは文句言わないよ。

連れてって、一生のお願い。」


「しょうがない、連れていく。

ただし、危険だと判断したら必ず逃げるんだぞ。いいな。」


義玄は最終警告の言葉を投げかけた。


「分かった」と建前上は言うものの、いざとなればまゆは自由に動くつもりであった。


――秋田県北部、潟ノ原村。


義玄のセドリック顔の荷台に田面ライダーを乗せ、彼らは出発したのであった。


説明しよう。田面ライダーとは、コンバインが田んぼで抜け出せなくなるのを防ぐために、溝を掘る役割を果たすバイク型の農業機械である。

実物は種苗交換会などで見ることができる。



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