第19話 僕は何となくお話する
『コウ殿は何者でございますか?』
アーサーさんが腕を組んでこちらを覗き込む。騎士の目は鋭いのに、どこか礼儀正しい光がある。
『繊維業を営む商人ですよ』
一拍、沈黙。――そんなバカな、という顔が見事に決まった。鼻先で笑ったわけでもないのに、顔面が雄弁に語っている。
少し考えた後、彼は結論を出すように顎を引いた。
『身分を明かせない程に高貴な御方なのですね……』
そっちに解釈された。便利な世界線。
◇
『ちょっと宜しいですか?』
振り返ると、見たような知らないような、しかし“よくある商人の身なり”を丁寧に整えた男が帽子を胸に当てていた。布の重ね方と靴の磨きに、妙に几帳面な性格が出ている。
『突然の無礼をお許し下さい。私は商人のハワード・パイルと申します。この街では、先程捕縛された伯爵に、私の家族を含め多くの者が徴発されており、辛酸を舐めておりました……』
うーん。あの伯爵なら、やりそうな話だ。躊躇なく、しかも記録を残さないやり口で。
『今まで悪事の証拠を残さず、王家の血縁もあって、どうすることも叶いませんでした』
唇の端が噛み千切れそうに白い。どれほどの夜を越えてきたのだろう。
『その伯爵を捕縛して頂き、感謝の念が絶えません』
『なら、パイルさんは伯爵から家族を取り戻せますね』
良かった、良かった――と、言いかけて彼の顔色に気づく。影が落ちたままだ。
『それが、連れ去られた者達は、キーン伯爵の居城があるキャメロットの街で働かされております。そこには伯爵の息子を始めとする伯爵領の兵力があり、彼らの性格から言って、とても解放してもらえるとは思えません……』
なら、答えは一つだ。
『では、ちょっと行って解放してきますか♪』
軽く言ってみた。風に葉っぱを投げるくらいの軽さで。
――まぁ仕方ない、という顔をするギンパチ(おギン&ハチ)。
――驚くパイルさん。
――驚く七王国。
――どよめく民衆たち。
流れ的にしょうがないよね?
『でもその前に、今夜の宿とご飯をお願いしたいのですが?』
パイルさんは、ぱっと明るい笑顔を咲かせた。
『ありがとうございます! 是非とも私に準備をさせて下さい。せめて英気を養うお手伝いくらいはさせて下さい』
彼に案内されて石畳を渡る。通りの端で楽師が笛を吹き、夕餉の匂いが低い屋根の下から湧いては消えた。
◇
『しばしお待ちを』
背後から落ち着いた声。アーサーさんが数歩前に出る。いつの間にか七王国の面々が半月陣のように立ち並んでいた。
『我ら七王国も一緒に参って宜しいか?先程まで伯爵に手を貸していたとはいえ、悪政の手助けをするつもりは毛頭無い。まぁ6人なのですが』
『良いですよ。一緒に参りましょう』
即答だったのが意外だったのか、騎士はわずかに目を見開き、すぐ深く頭を垂れた。
『かたじけない。感謝致します』
祈りにも似た所作。礼が美しい人は、剣も美しい。
◇
パイルさんに連れられ、お勧めの宿で一泊することになった。
厚い梁と白壁、磨かれた長卓、炉の上でぐつぐついっている大鍋。パンは焼き直され、表面がこんがりと割れている。
食卓に着く頃には、七王国と僕らは自然と言葉が増えていた。戦場の逸話も出るが、笑いが多い。ふと、異国に縁側があったような安心が胸に落ちる。
――毎度ながら、スケさんの食事はショータイムだ。
器に触れないのに、グラスが静かに減っていく。パン屑が宙でふわっと消える。
『これは“時空転移を食事に使う”……のか』とアーサーさんが額を押さえる。
『ドラゴンも、やろうと思ったら出来たぞ』とカクさんが言うので、さすがに僕が止めた。テーブル消し飛ぶのは勘弁。
食事が進むほど、七王国は人の顔になっていく。アーサーさんが笑い、寡黙な者が短い冗談を言い、紅一点がメアリーと火花を散らし、アベルがそれに油を注ぎ、メアリーが慌てて火を消す。
――いつも通りだ。違うのは人数だけ。来たときは5人、今は11人。ピクニック気分が否応なく高まる。
そして、最近スケカクが街で無口な理由も分かった。
喋ると注目を浴びてしまうから。
――気遣いは目に見えない場所でこそ尊い。胸の内で“ありがとう”を置く。
◇
――アーサー視線(食事前)
傲慢で評判の良くない伯爵だが、領民に罪はない。
魔物退治のためリバーの街に来ていた私は、コウ殿一行に出会った。
旅人というが、佇まいが普通ではない。
ランスロットが斬りかかった――愚かだが、奴は実力の折り紙付き。この国でも上位だ。その剣が、何の懸念にも値しない空気に溶けた。
私は、その“何でもなさ”が一番恐ろしいと思った。実力の一片すら、見えないのだから。
しばらく、様子を見るべきだ。
――アーサー視線(食事後)
そんな馬鹿な。
時空転移を“普通に”使いこなすスライム――しかも食事に。
喋るのにも驚くべきだが、桁が違いすぎると、驚く場所が分からなくなる。
ドラゴンも「やろうと思ったら出来た」と言う。突っ込み所が多すぎて、突っ込みが追いつかぬ。
我々はいったい“何者”のお供をしているのか。
ただ――胸のどこかで、高揚が鳴っている。刀身が鞘の内で、正しく鳴る感覚だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます