第5話
「組み写真のテーマ、直樹は何がいい?」
「難しいね」
僕はふと、昨日撮った空の写真を思い出した。
「伝えたいテーマをはっきりするようにって、城先生が言ってたわね」
「だね! 高二は文化祭展示してもらえるから、気合いが入るよ」
組み写真っていうのは、いくつかの写真を並べて、一つのテーマやストーリーを伝える方法だ。単独では伝えきれない気持ちが、連続性を持つことで浮かび上がってくる。そんなところが、僕は好きだった。
「仁の走る姿を三枚並べるっていうのは、やめてよね」
「あらあら直樹さん、それはヤキモチってことかなあ?」
香織の声は、からかっているようで、でもどこか探るような響きもあった。
「まあ、ちょっと」
「素直ねぇ」
香織の視線は僕ではなく空に向いた。少し笑ってるように見えたけど、僕はその横顔を、まっすぐ見られないでいた。
「風景写真とかの方が、香織には合ってると思うよ」
「それって、褒めてる?」
「まあ、ちょっと」
「素直じゃないなぁ」
ふいに、風が吹いた。
「じゃあ『アオゾラ』ってテーマ、どうかしら?」
「賛成! 最近ずっと、空ばっかり撮ってる」
昨日撮った空の写真は、青かった。でも、どこか物足りなかった。
「アオゾラって、ただ空を撮るんじゃなくて――」
香織が言いたいこと、分かる気がした。
「空を見たときに浮かぶ気持ちとか、何かの瞬間の感情とか、そういうもの全部含むよね」
「うん」
香織が頷いた。
僕にとって香織は「アオゾラ」みたいな人だ。
「アオゾラ」から連想する人はもう一人いる。青空の下で駆けている、仁だ。本来なら彼は、組み写真に入っていたっておかしくはない。ただ僕が、妬けちゃうだけであって。仁は仲良しだが、ライバルでもあるのだ。最初から遠慮することはないって分かってきたのは、つい最近のことで。だから「仁の走る姿を三枚並べるっていうのは止めて」って言えた。
「で、結局、仁が二百メートル走を走っているフィールドの近くのアオゾラを撮るってわけ?」
僕は少しがっかりしながらも、香織の平等主義には、やっぱり感服した。なんでも三人でやろうとするところに無理がある。けれどそんなところが香織のいいところで、かわいかったりもする。僕は、ただただ言いなりになっている。
三人の三角形は、香織のおかげで今のところ、まだ正三角形を保っているようなものだ。つまり、僕達の恋愛は高校生のうちには叶いそうにない。それが香織が望むことなら、僕はそれで良かった。どっちかが香織とつきあうよりは、友達のままの方がいいはずだ。
「おっ、今日も練習場付近での撮影会、ありがとうございます。監督に『お前の専属カメラマンか?』ってからかわれてるんだぜ!」
仁はにやにやと笑いながら、休憩時間に話し掛けてきた。
「嬉しいくせに!」
香織はすかさず、仁にエルボーを入れる。そうなんだ。僕達が写真を撮りに来ると仁はすごぶる機嫌がいい。笑顔で練習した方が、結果もよく反映されそうだから、来れる時には来てやろうって思っている。
「アオゾラっていうのはさ、曇り空と雨空あってのことでしょ? だから曇りと雨の空も撮るよ」
「それ、いいと思う!」
即答で賛成してくれたことが、嬉しかった。
僕は、仁も大好きで、香織も好きなんだ。この気持ちこそ、遠慮しないで二人に伝えたい。一年生の一時、香織が仁のことを好きな素振りを露骨に見せていたことがある。ある時からパタリとそれがやんだのは、香織に仁が何かを告げてくれたんじゃないかと思ってる。そんなうまい言葉、僕には思い浮かばないけど。仁ってほんとにいい奴だ。親友として心から信頼できる。
今日も仁は体作りに余念が無い。ブロックの上を、ピョンピョン歩幅を確認しながら走っている。筋力トレーニングに、長距離走まで、陸上部の体力の消費量が半端ない。
僕はと言えば、できる限り空の向こうに何か生命力みたいなものを写したくて、毎日、毎日、アオゾラ、曇り空、雨空を撮りためている。
香織は、土手に生えている植物にも目を向けて、小さな草花をアップで生き生き写したいと意気込んでいる。
今年の文化祭展示で、二年生になった僕達の組み写真をみんなに見て欲しいんだ。運が良ければ、県の大会に出品される。香織と二人で三枚ずつの写真を組み合わせ六枚の写真からストーリーを生み出す過程は楽しいものだった。
だが、風景写真を並べた僕達の作品は、どうしても伝える力が弱い。人物を入れた方がメッセージ性を高められるなら、やっぱり仁の写真を撮って入れるしかないって少しずつ僕も納得がいくようになってきた。
一学期の終わりに、今ある写真で組み写真を作ろうと部活動で先輩から指令があった。僕と香織は、はりきって撮りためた写真の中から最高の「アオゾラ」に繋がる写真を選ぶ作業に入った。
僕が選ぶ写真はシンプルだ。晴れ、曇り、雨の写真から一枚ずつベストの写真を選ぶのだ。プリントアウトしてみないと微妙な色合いがわからないこともある。
香織も、自分が撮った写真をまずはA4サイズで3枚を配置して、連続性をチェックしていた。最終候補はどうなっただろう? 修学旅行の写真も入れる予定だから、これが最終版ではない。たとえその中に仁の写真があったとしても、もう僕は妬いたりなんかしない。
仁はいい奴だ。同性だけど、惚れそうになるくらい。先日も、県の陸上大会に応援に行ったんだけど、大会で自己ベストが出せなかった仁は、前みたいにゴール際でうずくまったり、泣いたりしていなかった。
その代わり、翌日は陸上部は休みだったっていうのに、一人、グラウンドで走っていたんだよね。そういう時の仁の顔は、僕も写真に収めたいくらいにかっこいいんだ。自慢の親友だって言いたい。眩しすぎて、自分の存在がかすんでしまう。
その日、僕は仁が練習している横で空の写真を撮って気付いた。雲ひとつない「アオゾラ」ってやっぱり仁みたいじゃん。仁の心も、曇りやにごりがないくらい澄み渡って、まっすぐで、不器用だ。
そんなことを考えながら撮影していたら、部室で写真を選び終わった香織も白いカメラをぶら下げてやってきた。
僕は、気付かれる前にシャッターを押した。連写したうちの一枚に、とびきり素敵な香織の笑顔が映っていた。曇りのない目をしている。仁と同じだ。僕にも、何かひとつ曇りのないものが欲しいと思った。
高校二年生の夏、その知らせはあまりにも唐突だった。あんなに誰よりも頑張っていたのに、仁はインターハイに出場できないというのだ。僕は、自分のことよりも悲しかった。なんで仁が出場できないんだよ! 大声でいつものフィールド横の広場で叫びたくなった時、僕の隣に仁がいた。
「ありがとう、直樹。そういう時もあるんだよ」
仁は静かに言った。
「零ゼロコンマゼロイチ秒を競っているんだから仕方ないよ」
その表情はすっきりとしているのに、少し悲し気にも見えた。僕は反射的に仁にカメラを向けてシャッターを押していた。最高の表情を写真で残しておきたい衝動に駆られたのだ。この瞬間に仁の全てが凝縮されているように感じた。
「今の仁はかっこいいよ。去年インターハイに出場した時よりも僕の心に残るよ」
心の底からそう思った。仁は口元に笑顔を作って微笑んだ。目が悲しげなままなところに、今の仁の感情がある。
「仁の日々の努力は誰もが知っていて、みんなの記憶に残る。そういう写真を僕は撮りたい」
「ありがとう。直樹」
仁はこの時、僕の胸を借りて少しの間、泣いていた。
高二の修学旅行は、沖縄だ。真っ青な空の下、三人で自由行動を共にした。飛行機から降り立った瞬間の開放感、初めてエメラルドグリーンの海を見た瞬間。これまで味わったことのない心の動きを感じた。
砂浜に寝転んでアオゾラの写真を撮ったり、海や空や、雲や、僕達の今を切り取った三日間となった。こんなに三人でずっと一緒にいられるのは初めてだった。
「香織、組み写真用にいい『アオゾラ』が撮れてるね」
「空も海も、青さが全く違うわね」
「見せてよ」
仁が、撮りたての僕たちの写真を覗いた。陸上のことを忘れたみたいにはしゃいでいる。三人の思い出は、僕達が撮った写真に残っていく。砂浜で、仁が僕を後ろから押して、海にダイブした瞬間の写真。アオゾラの下で、三人で決め顔で撮った写真。水族館でイルカと一緒に撮った写真。
どれも満天の笑顔で写っている僕達は、三人の努力によって今もきれいな正三角形を保っていた。
僕達は、香織が撮影した沖縄の写真を一番最初に配置することにした。海とアオゾラが境界線なく溶け込んでいる写真だった。どこまでが海でどこからが空が分からない。二枚目は、沖縄のアオゾラに飛行機雲が細くたなびいている写真。三枚目は、学校のグラウンドで仁が颯爽と走っている写真。
四枚目からは僕の写真。学校の校舎のバックに写った晴れの日の空、それから同じ場所の雨空、そしてまた同じ場所からの曇り空だ。いざ完成を目の前にして、自分の組み写真に物足りなさを感じた。何かが足りない。
僕が撮りたかったのは、中学校の梅本先生みたいに、そこに写る誰かの「感情」ではなかったのか? アオゾラというテーマで表現したいこと、それは「晴れた日ばかりじゃない。だからこそ、曇りの日や雨の日の気持ちも大切なんだ」みんなの記憶に残る写真を撮りたい。いや、僕自身が、この瞬間を忘れたくないんだ。
仁がインターハイに行けないと分かった時の悔しさを噛みしめ受け入れた瞬間の感情、香織が仲間に優しい眼差しを向けた瞬間の感情、こういう宝物みたいな一瞬の感情を写真に残したい。
最後の一枚は、これから撮る。三人の写真をタイマーで撮影したい。僕は翌日、写真撮影を二人にお願いした。
なかなかタイミングが合わずに、何度も取り直して、それが可笑しくてまた笑って、その瞬間の感情を切り取ることができた。
この「アオゾラ」という組み写真は、僕達の「アオハル」が詰まっている。入賞しなくたって、価値のあるものだった。
でも文化祭に展示した際の来場者投票では、なんと、一番人気の称号を得て、県に出品されることになった。
「三人の関係性が眩しくて羨ましい」
「喜怒哀楽全ての感情に美しさがあると知りました」
「青春の初々しさが詰まってます」
「もう一度、高校時代に戻りたくなりました」
たくさんの感想が寄せられた。うれしくもあり、恥ずかしくもあり、僕達の今を残すことができて良かった。様々な感情が入り混じっていた。
僕にもあった「ひとつも曇りのないもの」。それは、三人で過ごしたかけがえのない時間だ。
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