第2話 苦痛

 あの悪口のことが頭から離れなくて、学校に行きづらくなっていった。

 家でもあの言葉が頭から離れない。ずっとぐるぐる頭を駆け回って私を離さない。次第に食欲も無くなっていって、体重はがくんと減った。夜も寝つきがわるくなり、寝られない日も多くなってしまった。そのせいで隈が目立つようになった。

 でも親に言うのは絶対に嫌だったから適当に理由をつけて誤魔化して、無理にでも学校に行って、大半は保健室か屋上で過ごした。

 何回か学年のフロアに行こうとしたけど、それすら怖い。同学年の人の視線が痛かった。そりゃ確かに無断で何日も休んだ後に急に学校に来たらびっくりするだろう。「なんで休んでたんだろうね」、「体調悪かったのかな、風邪とか」、「大丈夫かな、声かけたほうがいい?」。そういう目配せだけでの会話が飛び交う。きっとそう会話しているんだろうな、と容易に想像できた。

 結局、その日は1時間目終わりの休み時間には保健室に帰ってきてしまった。先生には絶対にあの人達とのことを生徒には伝えないで欲しいとお願いした。これ以上面倒なことは御免だ。


 あの日から何日、何週間経ったのだろう。もう生きることが面倒に思えてきてしまう。自己嫌悪が凄まじく、腕は引っ掻き傷だらけ。隈も大分ひどくなってきた。いっそのこと命を絶ってしまえば楽になれる。そうすれば、こんな屈辱と苦痛から逃れられる。そう思いついた。この世はもううんざりだ。


 死んでしまおう。


 放課後、私は先生が職員室にいる隙を狙って屋上に行った。今日の空は真っ青で、大きな入道雲が一つあって、まるでソフトクリームの山のようだった。そんな清々しい空の下で、1人の人間が今から死のうとしているのだ。おかしくなって、少し笑ってしまった。


「ふふ、あの人達は今頃どんな気持ちで部活してるのかな。ろくにトスあげてもらえなかったし、せいせいしてるだろうな」


 遺書は書けなかったから、お母さんはきっと悲しむだろうな。きっと何年も引きずって後悔しちゃうのかな。お葬式もするのかな。迷惑かけちゃうなぁ、親不孝者って言われちゃうのかな。なんで死んだのって、なんで相談してくれなかったのって言われちゃうかな。ごめんなさい、でももう限界なの。


「お母さん、こんな子供でごめんなさい」


 ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出て、結局飛び降りは出来なかった。

 私を探していた先生に止められちゃったから。保健室で、胸の中に溜まったものを全部吐き出すように先生に話した。先生は真剣に話を聞いてくれた。


「織原さん、辛かったね。すごく頑張ってたのね、気づいてあげられなくてごめんね」


「……え、あ……っ」


 先生が私に謝った。先生は何も悪くないです、って言いたかったけど喉に何かが詰まったみたいに声が出なくて、ろくに言葉を発せなかった。


 それからは学校のカウンセラーさんに話を聞いてもらったりして少しずつの勉強も再開しはじめた。先生が丁寧に教えてくれたからわからないところは少なかった。


 もう、前みたいな学校生活は送れないと思っていた。でも、少しずつ慣れていける。そう前向きに捉えて頑張ってきた。「このまま頑張れば、三年生には元のクラスに戻れるよ」、そう言ってくれた先生の言葉を信じて頑張った。

 

 冬休みが、始まるまでは。

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