2章 家出
「陽翔さん。オレ、もう我慢出来なかったみたい。だからそっちに向かっていい?」
『良いけど…。流石に母さんにはバレたくないでしょ?』
「それはそうだけど…」
家出した晶は陽翔に電話で落ち込んだ声で連絡をとって、夜風を浴びながら陽翔の家に向かって歩いていた。電話越しに陽翔の同意が得られたため、少し笑顔になった。が、その後すぐに心配の種が投下された。陽翔の母親と晶の母親は中学に入ってから仲良くなって、今じゃ月1のママ友会を互いの家で開催したり、晶達と陽翔達はたまに互いの家でお泊まり会が行われる程仲が良い。そんな人に会ったらすぐに何らかの連絡が行き、こっちまで飛んで来ることを危惧していた。
『…、電話かかってきた時は晶さんがまたお母さんに危ない目に遭わされたんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。でも、とりあえず連絡出来ているってことだから安心したよ』
「なんで急に話を変えるの?まぁ、良いか。今のお袋はオレを殴ったりはしないから安心して」
無言の時間が数十秒間続いた後、陽翔は話を逸らした。無言の時間がとても気まずかったのだろう。その無言の間、陽翔は晶と初めて会った日を思い出していた。こっちが何を話しかけても無言な子で、その時の彼は一方的に自分の境遇を話していた。だが、最後の最後にクラスメイトへの愚痴、家族への想いなどの本音を語ってくれた。そして別れる前に「女の子になりたいです」と言っていたことを彼は今でも覚えている。妹から聞いていた人物像とは全く違った彼女に陽翔は初めて自ら女性に興味が出た。そして段々話を聞いている内に気になってきていた。
『それでも安心は出来ないや。まぁ、さっきの話に戻るけどさ、いつもの場所で待ってるから』
陽翔からの連絡には心配が有った。晶はその言葉に少し笑顔になった。その笑顔に多くの女性が目を奪われた。ただ彼女はそんなことには目もくれずに歩いていた。
彼女は軽い足取りで陽翔との待ち合わせ場所に向かった。彼との連絡に"いつもの場所"という言葉が使われていた。その言葉は彼女にとって自分の居場所となっていたし、彼女の気持ちを軽くさせた。笑顔が漏れた。周囲は晶に釘付けになった。
"いつもの場所"という名のファミレスが営業していなかったため、陽翔に連絡を入れた。そしてそのまま彼を待っていたら金髪のギャルに声をかけられた。晶はまたナンパかと思ったのと同時に、オレを女として見てくれる人はこの世界には居ないのかと内心落胆したが、その嫌な気持ちを押し込んで冷静に対応した。
「友達を待って居るので…」
そう言ってやんわり断っても彼女らは何度もめげずに話しかけてくる。そのしぶとさに晶は思わず関心してしまった。
「晶さん、遅れてごめんね。行こっか」
「う、うす」
攻防が続いて晶が少しずつウザったらしく感じてきた時、陽翔が目の前に現れた。晶は集合場所とは違った場所なのに、場所が分かるのかといった関心と感謝、男らしさを感じていた。
「あ、そう言えば言ってなかったや。俺の隣の人、女の子だよ」
彼女らは更にイケメンが来たことによる興奮と、先程まで逆ナンしていた人が自分と同じ性別だという驚きで固まっていた。陽翔はしれっと晶の手を握ってカラオケまで連れて来た。
カラオケに入った2人は、それぞれ違う表情を見せた。晶は、先程の警戒している顔から此処まで来れば大丈夫だという安堵と、目の前に居る人なら本心を話せるという安心感から優しい顔をしていた。ただ、陽翔は、先程のかっこいい顔から勝手に手を繋いだことに対する恥ずかしさと、その行動をしたことで彼女に嫌われていないかという不安から赤面してしょんぼりしていた。
「…、最近はどう?」
「お袋のオレに向ける目がどんどん冷たくなってて…。それに、クラスの奴らもオレを嘲笑うことが多くなって」
それから数分後、心配の目を向ける彼に、晶はそう言って唇を噛んで俯いた。彼女のその表情を見て陽翔は好きな人が苦しんでいるのに自分は何も出来ないのかと深く落ち込み、無力感に苛まれた。晶も彼の表情を見て、何とか重い空気を変えようとしたが、一度なってしまったものは変え辛く、空気に負けて黙ってしまった。
「ほ、ほら何か一曲歌いましょうよ」
「あ、ありがとう…」
晶は自らの頬を叩いた後、立ち上がって陽翔に飛び切りの笑顔でマイクを差し出した。マイクを渡された彼は、彼女の行動に一瞬驚いたが、場の空気を変えようとしてくれているんだなと思って嬉しくなって、彼女の笑顔にドキドキしてボーッとしてしまい、目を逸らして赤面しながら受け取った。晶はなんで紅くなっているのか不思議に思っていた。
「凄く上手かったですね。…、すみません、オレのせいで」
「褒めてくれてありがとう。…、いや、大丈夫だよ。気にしないで」
一曲歌い終わった後、そのあまりの歌声に晶は本心から褒めた。褒められた本人は有頂天になりながら続けて歌った。
『すみません、もうお時間10分前です』
結局、浮かれている陽翔の歌を聞くだけで2時間が終了した。陽翔はカラオケ店を出て歩きながら相談にのれなかったこと、自分だけ歌ってしまって申し訳なく思っていることなどを謝った。
「大丈夫。オレが自己主張出来なかっただけなんで」
晶はとりあえず笑顔で伝えた。悔しそうな表情をしていることには気づかないまま。ああ、此処でもオレは自分を出せなかったなと後悔しながら。
「ねぇ、晶さんは海と山どっちが好き?」
「え?…、オレは海の方が好きです…」
「なら、海に行こう!今から!」
彼女の表情から察したのか、陽翔は晶に提案した。その突然さに彼女は驚いて数秒間その場で固まっていたが。対する陽翔の顔は笑顔で、答えを聞いた途端に嬉しそうな表情を浮かべた。ーーああ、この人も海が好きなんだーー。今まで見たことないくらいにはしゃいでいる彼の姿を見て口の端が緩んだ。
#家出少女 冬夏波琉 @HaRu2403
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