1章 苦痛

晶にとって学校とは本音を出しても意味がない場所だ。母に男として育てられた晶は、当たり前のように男装が出来る高校に入学して、男子の制服を着て、男子に話しかけ続けた。その結果がいつも男に話しかけていて、男子よりも男子らしい人という印象になった。彼女はそんな印象を拭えずに高校生活の1年半が過ぎた。

「なぁ晶。この後、焼肉食いに行こうぜ」

「ねぇねぇ、晶くん。この後私とデートしてくれない?」

誘った男子が彼女の肩を組んで話しかけている。手を引かれて連れて行かれる瞬間、1人の女子が手を握って上目遣いをして誘った。

「何?今日は私!」

「お前は昨日もデートしていたんじゃねえか!今日は俺だ!」

2人が喧嘩をし始めた光景を見てやめてほしい、なんて言えなかった。そして2人の誘いのどちらにも興味がないとも言えなかった。

「晶、晶くん!どっちが良い?」」

「オ、オレは…」

「帰るよ。晶」

答えようとした瞬間に彼女の手を引っ張ったのは晶の親友、野辺のべ灯華とうかだ。彼女は冷酷な態度を取る学校一のイケメンの兄、野辺のべ陽翔はるととは対象的に誰に対しても明るくそして優しく接する。更には中性的な顔立ちと運動も出来るので男女問わず告白する者が多い。

「おい、野辺!なんで連れて行こうとするんだよ!」

「晶が嫌がっているから」

男子が声を上げて、手を無理やり引き剥がした。それと同時に女子が晶の手を握った。2人とも獲物は渡すまいと敵意を燃やしていた。そんな2人を余所に灯華は振り返って冷酷に一言だけ言い放った。その目には全てを凍らせる光が宿っていた。2人は何も言えず、ただただその場に立ち尽くしていた。

晶は彼女に再び手を引かれて昇降口に向かった。その手は決して離さないように固く握られていた。その光景で晶は初めて出会った時も同じことをされたなと振り返った。教室で質問攻めにあい、困っていた所を連れ出してもらったこと。その時もこんな感じだったなと。この灯華の一連の行動で晶はドキドキするのと同時に、自分のことを大事に想ってくれていることに嬉しくなった。


「さっきはオレのせいでごめんな」

「大丈夫だよー!」

校舎を出てすぐ晶が謝罪をした。それに対し灯華は明るい口調で笑顔で言った。暗い顔をしている晶の背中を彼女は「心配しないで」と言わんばかりにトントンと軽く叩いた。

「ねえ、今からさ、新作飲みに行こうよ」

「…、分かったよ」

落ち着いた後、灯華は先程の冷酷な表現とは違って笑顔で言ってきた。その笑顔に心が熱くなった。だが、その反応を見せないように数秒顔を逸らしてから彼女の意見に同意した。

「ありがとう。…、でさ、兄貴はいつまで隠れているつもり?」

灯華に伝わったのか伝わっていないのかは晶には分からなかったが、彼女は笑顔になった。そして、ふと真顔になり、さっき自分達が出て来た場所に目を向けた。

「いや〜、もうバレたのかぁ〜。もう少し後で加わる予定だったのに…」

「兄貴はそんなこと言ってどうせ変な所で入るから嫌なんだよ!」

もう少し口喧嘩が始まる所だった。兄妹が其々睨み合う中で晶はこんな兄妹良いなと羨望の目で見ていた。ただ、兄妹は晶の目には気付くことはなかった。

「あ、陽翔さん。久しぶりですね」

晶が空気を壊して陽翔に声をかけた。彼は声に気付くと先程までの険しい顔を消して明るくした。ただ、その内心では好きな人に名前を呼ばれたことでもの凄くドキドキしていたが、それを知られる訳にはいかないと頑張っていた。

「え?知り合いなの?」

「そうだよ」

灯華がキョトンとした顔をした。どうやら晶と兄が知り合いで兄が女性と話せていることに思考が止まったみたいだった。理由は兄は幼い頃から言い寄られて女性嫌いになっていた。陽翔は、嬉しさを今にも爆発しそうな感情を抑えてなるべく冷静に見えるように話した。ただ、声から嬉しさが少しだけ溢れていたけど…。

「…、晶さん。いつも妹がごめんね」

「大丈夫ですよ。灯華にはいつも助かっているんで」

陽翔は自分が今笑っていることに気付いていなかった。そしてその表情を見て灯華は気付いてしまった。兄が晶を好きなことに。

「やーい。兄貴の意気地なし」

「俺は意気地なしなんかじゃない!」

灯華は笑いながら兄を煽った。内心では早くくっつけ!と思いながら。煽られた陽翔は何となく気付き、赤面しながらも反論した。内心では焦っていたが…。

また始まった兄妹の口喧嘩に嫌だなと思いながら見ていると晶の携帯に電話がかかって来た。

「何だよ?お袋?…、分かった」

「どうしたの?」

電話がかかって来たことが分かった兄妹は一旦喧嘩を辞めた。

「…、ああ、お袋が雨が降りそうだから洗濯物を取り込んでおいてだとよ。灯華、すまない。オレ、家帰るわ」

ただ、未だ3人とも話したい顔をしていた。晶にとって母親の命令は絶対であったため従わなくてはならないものであった。

「それじゃ陽翔さん。またね」

晶は仲良さそうに別れの挨拶をした。だが、彼女には太陽と月は同時に存在することはあっても決して交わる位置には居ないこと、そういう思いがあった。だからこの2人の悪口が言われる前に自分は去らないと、と思って足早に去っていった。

「う、うん」

陽翔は悲しそうな顔したが、晶に笑顔を向けられたため、悲しみが吹き飛んで嬉しくなった。妹はそんな兄の脇腹を良かったじゃんと思いながら軽く笑って突いていた。



「ただいま」

家に帰宅しても返事はなくただ静寂があった。父の遺影に挨拶をしてから洗濯物を取り込んだ。そこから勉強やゲームをして暇を潰していた。

そこから数時間後、ガチャと玄関の扉が開く音がした。晶が迎えに行くと母親は「ただいま」と無愛想に返し、弟は「お姉ちゃん、ただいま」と笑顔で返した。少し弟と話していると母親が「ダメよ。一希君。話していると一希君までダメ人間になってしまうわよ」と言って弟を引き剥がした。姉弟は悲しくなったが、母の狂気の目を見て渋々従った。晶にはその目が怖かった。汚物を見るような目が。彼女は母親本人がオレを男として育てたくせに一希が産まれた瞬間、オレを放置しやがって!と内心思っていた。そこで家出をする決意をした。

時間が経って家族が寝た時、晶は一枚の紙を置いて家を出た。

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