大評議会の罠
王宮の大広間。
王族と諸侯、軍の要人、大賢者会議の代表――国の中枢が一堂に会する場に、重苦しい空気が漂っていた。
中央の玉座には国王が座り、その傍らには第一王子が立っている。
堂々たる態度だが、その瞳には薄暗い野心の光が宿っていた。
「リリアーナ嬢」
第一王子が口を開く。
「貴殿のこれまでの行動は、王家への忠義というより……野心の匂いを強く感じる。――そもそも、そなたの存在自体が王家にとって危険因子ではないのか?」
場内がざわめく。
第一王子はあくまで言葉でリリアーナを追い詰めるつもりだ。
だがリリアーナは一歩も引かず、冷ややかに笑んだ。
「殿下、私にそのような意図はございません。ですが――野心や謀略に囚われているのは、むしろどなたでしょう?」
会場の視線が一斉に第一王子に注がれる。
彼の顔が一瞬だけ歪んだ。
(……やはり挑発してくるか)
第一王子は心中で毒づく。
だが同時に、彼は計算していた。
――今日こそ、リリアーナを失脚させる。
彼は袖口に仕込んだ魔導具へと、密かに魔力を注ぎ込む。
周囲に気づかれぬように発動するのは、例の禁呪。
標的はリリアーナ一人。
幻影と黒炎で「彼女が反逆を企てたように」見せかけるつもりだった。
だが次の瞬間、広間の空気が震えた。
床に走る黒い紋章、天井から降り注ぐ黒炎。
悲鳴が上がり、諸侯が椅子から立ち上がる。
「な、なんだこれは!」
「禁呪……!?」
大賢者の一人が青ざめた顔で叫んだ。
「禁呪の気配……まさか、ここで――」
リリアーナは即座に扇を広げ、魔術の結界を展開する。
彼女の光の障壁が広間を覆い、炎を防いだ。
「皆さま、落ち着いてください!」
声は澄み渡り、揺れる人々の心を掴む。
彼女はゆっくりと第一王子を指差した。
「この術式をご覧ください。禁呪特有の魔力波形――先日私の居室を襲ったものと同一のものです!」
広間が凍りつく。
第一王子は顔を青ざめさせながら、なおも叫ぶ。
「馬鹿な! これはリリアーナが仕組んだ罠だ! 私を陥れるための――」
だが、その声を遮ったのは国王だった。
重く、威厳ある声が広間を震わせる。
「黙れ、第一王子」
その一言に場内の空気が一変する。
国王の瞳は冷たく、怒りに燃えていた。
「禁呪は王家の禁忌。いかなる理由であれ、それを行使することは断じて許されぬ。……お前は我が血を引く者でありながら、その掟を破ったのか」
第一王子の唇がわななき、言葉を失った。
アルベルトが一歩前へ進み、剣を抜いて弟を守るように立ちはだかる。
「父上、諸侯の皆さま。禁呪の脅威から民を守るのは当然の務め。……リリアーナ嬢こそがその務めを果たしました」
広間に賛同の声が広がっていく。
「リリアーナ嬢万歳!」と叫ぶ者すらいた。
第一王子の顔は蒼白に染まり、拳を震わせるしかなかった。
(これで一手目は……成功ですわね)
リリアーナは扇の陰で静かに笑んだ。
だが、その心は決して緩まなかった。
――第一王子は追い詰められた獣。ここからが、真に危険な局面なのだから
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