囮作戦

王宮の一角にある小さな温室。

 外には香草の香りが漂い、昼下がりの陽光が柔らかく差し込んでいた。

 一見すれば、何の変哲もない穏やかな空間。

 だが、そこに座るリリアーナの心は氷のように冷え切っていた。

(――必ず喰いついてくる)

 今日の予定は“非公式の茶会”。

 表向きはアルベルト殿下と彼女が人目を避けて会談する、という噂をわざと流しておいた。

 内部に裏切り者がいれば、必ず動く。

「……随分と大胆だな」

 温室の隅に立つアルベルトが低く呟く。

「君が囮になるなど、正気の沙汰ではない」

 リリアーナはカップを唇に運び、余裕の笑みを浮かべた。

「殿下が影から守ってくださるのでしょう? ならば、私は舞台の中心で踊ればいいだけです」

 その瞬間――温室の天窓が破られ、矢が放たれた。

 矢じりは毒で黒ずみ、直線でリリアーナの胸を狙う。

 ――だが。

「……甘いわ」

 彼女の手首の動きと共に、薄い光の障壁が展開される。

 矢は弾かれ、床に転がった。

 同時に、アルベルトの氷槍が放たれ、天窓へ逃げようとする影を打ち抜いた。

「ぐっ……!」

 影は床へ落下し、呻き声をあげる。

 仮面が割れ、露わになった顔に、リリアーナは目を細めた。

「……あなたでしたか。――侍女長エリサ」

 倒れているのは、長年リリアーナに仕えてきた侍女頭だった。

 その姿に、温室の空気が凍りつく。

「なぜ……私を?」

 リリアーナの問いに、エリサは苦しげに笑った。

「……王太子殿下のご命令に従ったまでです。……あなたが余計な真似をするから……」

 その声は弱々しく、しかし確かな憎悪を帯びていた。

 アルベルトが短く舌打ちをする。

「やはり兄上か……!」

 リリアーナは表情を崩さず、ただ冷たく告げた。

「エリサ。あなたに忠義を誓ってほしかったのは、王太子ではなく“私”でしたのに」

 侍女長の目が見開かれる。

 その刹那、彼女は毒を含んだ小瓶を口へ運ぼうとしたが――

 リリアーナの指先から放たれた光の鎖がそれを絡め取り、瓶は床に落ちて砕け散った。

「……死んで逃げようだなんて許しません。裏切りの報いは、これからきっちり受けていただきます」

 氷のような声。

 その微笑みは囮としての勝利を告げる女王の笑みだった。

 こうして――裏切り者は炙り出された。

 だが同時に、第一王子が影で牙を剥いていることも、誰の目にも明らかになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る