影の刃

夜更けの王宮は、静寂に包まれていた。

 だがその静けさの裏で、確実に“揺り戻し”は始まっていた。

 ――第一王子が黙って屈するはずがない。

 リリアーナは私室で書類を整理していた。

 明日の政務に備えての準備。しかし、その背後で床板が軋む気配を捉えた瞬間、全身の神経が研ぎ澄まされた。

(……来た)

 振り返るより早く、漆黒の刃が闇から飛び出す。

 反射的に結界を展開。火花が散り、短剣の切っ先が弾かれた。

「ちっ……!」

 暗殺者は顔を隠し、二の太刀を狙ってくる。

 その身のこなしは訓練された兵士のもの。宮廷外から連れてきた傭兵ではない。

(――内部か。私の行動を逐一把握していなければ、ここまでは来られない)

 冷や汗が背を伝う。

 暗殺者は結界を破ることを諦め、窓へ飛び退いた。

 リリアーナが追撃を放とうとした刹那――

「下がれ!」

 低い声と共に、氷の刃が空を裂く。

 窓の外から現れたのはアルベルトだった。

 鋭い氷槍が暗殺者を貫こうとしたが、わずかに身を翻し、影は闇へ消えた。

 静寂が戻る。

 リリアーナは呼吸を整えながら、アルベルトを見据えた。

「……殿下、どうしてここに?」

「嫌な胸騒ぎがした。――案の定だ」

 アルベルトの瞳は鋭く光り、部屋を警戒する。

「兄上が動いたな。だが、問題は……」

「ええ。内部に“裏切り者”がいる」

 リリアーナは机に残された小さな印を拾い上げる。

 それは第一王子派閥の紋章が刻まれた指輪の破片だった。

「私の居場所が筒抜けだった。偶然ではない」

 アルベルトは眉をひそめ、短く息を吐く。

「これで明確になった。兄上は正面からの議論では勝てないと悟り、影で動き始めた」

 リリアーナは唇を結び、静かに決意を固める。

「……なら、こちらも同じく“影”で応じましょう。殿下。次は私の番です」

「君の番?」

「ええ」

 彼女の目は強く、冷たい光を帯びていた。

「裏切り者を炙り出すために、私は囮になっても構いません」

 アルベルトは一瞬、言葉を失う。

 だがすぐに、その覚悟を受け止めるように頷いた。

「……いいだろう。だが約束してくれ。君が独りで背負うことは許さない。必ず私を利用しろ」

 互いの視線が交わり、緊張が走る。

 その夜、二人は初めて“影の戦い”へと足を踏み入れることを決意した。

 ――宮廷の闇は深く、そして底知れなかった。

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