『読むな』という本
小さな手 小さな瘡
『読むな』という本
子供の頃『読むな』っていう、もういかにも怖い話大集合みたいな本があって、友達に読ませてはビビらせ、またその友達が別の友達に読ませて怖がらせてを続けていた。
クラス中ゾッとしながらも流行りに流行った。結果的に先生に没収された始末。
『読むな』ブームはほんの二、三週間ほどでプツッと切れた。
数十年経って友人のヒライが交通事故に巻き込まれ他界した。
葬儀にはヒライの親族、ヒライの職場の数人、そしてあの頃のクラスメイトが参列し、別れを惜しんだり、泣き崩れたり、久々に会った面子で回想したりした。
ヒライと仲が良かった俺たちは結局『読むな』の話題で声が大きくなった。
『読むな』は、思い出話には必須のエピソードだったんだな。
「あの本今どこにあんだよ」
「ミヤ先に没収されて卒業しても返ってこなかったと思う。マジでここに来るまであの本のこと忘れてた」
「ミヤ先の響きなついな」
「山宮先生よな」
「お前そうやって流行り作るの好きだったよな。焼肉ボンバーみたいな名前のゲームもお前が持ってきて──」
話は止まなかった。
芋づる式に浮かぶ記憶を余すことなく拾い上げていった。
またあの頃に戻って走り回りたいと、
その時は心底思った。
一週間経ってミツシマが交通事故、
その一週間後に実家の火災に巻き込まれた
ナカネの葬儀が立て続けに執り行われた。
口角が上がるほどおかしな訃報で行く気も失せた。
突然、深夜に友人のサエキから電話が来る。
「すまん遅い時間に」
「いやいいよ。どうした」
「お前さ、覚えてる?『読むな』が流行ってた時、放課後一緒に“あの本のカバーの裏”見たのって
ヒラちゃんとミッツーとナカショーと……俺らだよな」
そんなのいちいち覚えてるかと言う瞬間、
小さいながら確かに聞こえた、喉を絞ったような声。
「流行らせたお前が、なんでまだ生きてんだよ……」
「今なんて言った」
「だから、『読んだ者は地の果てまで追う』みたいなこと書いてあったあの本の」
「違う。さっきお前、なんで生きてるんだって言っただろ」
「いつ言ったんだよ」
サエキの呆れたような声。
「いい加減にしろ」
電話を切り、布団に放り投げた。
頭が歪み、息苦しい感覚に襲われる。
サエキは“なんでまだ生きてんだ”と言った。
親友が亡くなっている中で俺に対して
「なんで生きている」と。
確かにあいつの声で聞こえた。
ふざけてる。不謹慎にもほどがある。
ただ、あいつも耐えられないんだと思った。
そんなことを口走るやつではない。
立て続けの悲しさを受け止められずに、
整理がつかない状態なんだ。
“カバー裏を一緒に見た”──?
覚えていないことが増えるのは嫌だ。
あらゆる思い出が崩れて失くなる気がした。
目を腫らしながら、
おもむろに小学校のアルバムを探す。
右から小・中・高と置かれたアルバムは埃をかぶり、押入れに収まっていた。
小学校のアルバムのケースが、やけに膨張していた。
『読むな』という本 小さな手 小さな瘡 @A_heart_arrhythmia
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