変顔しちゃうキミが好き

mao

第1話 届きますように

ショッピングモールに入っている映画館に向かう交差点。

信号を渡ればすぐモールの入口だ。

今年の夏は異次元の暑さで、信号を待つ間も汗が止まらない。


 隣でガーゼ素材のハンカチで額を拭った後、キミは前髪を細くねじってセットも入念だ。

「パッポー、パッポー」と視覚に不安を持つ人にも安全に渡れるよう音で知らせるタイプの信号機が鳴る。


「この信号機、ラジオのパーソナリティが毎年チャリティイベントで募金を集めて少しずつ増やしてるんだって!」キミが自慢げに話してたっけ。


 そのガーゼのハンカチ、オーバーサイズのストライプのシャツとチノのショーパンのキミの服には似合ってなくて面白い。

フワフワで吸水性は高そうだけど、そこはかとなくダサい。


 その時、救急車のサイレンが聞こえた。

少し遠くからなので、どの方角から来るのか、この交差点に影響があるのか、まだわからない。

目の前の信号が青に変わり、周りの人が足早に渡り始めるけど、キミは渡らない。

前後左右に目線を素早く走らせる。

どの方角から救急車が来るか考えてるんだ。

その顔の険しさはゴルゴ13並み。

マジでスナイパー顔。

そして、救急車が近づき、交差点を曲がって遠ざかっていく。

俺たちの渡りたい信号には全く影響を及ぼさず。


 見ると信号は赤になっていた。

どんな顔してるか、もう知ってるんだけど、いつもみたいに横のキミを覗き込む。

眉間にこれ以上ないほど力を入れてシワを寄せ、目を硬くつぶっている。

強く引き締めた口。口角は下がって顎にも梅干しのシワ。

ハイ、ブサイクー。

俺はこの顔が最高に好きなんだ。

知ってるよ。看護師を目指すキミが全身に力をこめて、今していること。

まだ自分には何もできないけれどせめて願わせてほしい。

『運ばれている人が無事に回復しますように。』


 信号をもう一度待つ。

すごく暑いけど、日差しもきついけど。

でも、キミのガーゼのハンカチで汗なんてすぐ吸い取れるしね。

もしまた救急車のサイレンが聞こえたらまた待つよ。

次は俺も一緒に願うから。

キミに負けないくらい全身に力をこめて。

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変顔しちゃうキミが好き mao @hamustar0904

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