巨大アニサキス
「先輩、わたし今日朝まで空いてますよ」
三善さんが品出し中に、ぼくへ耳打ちした。ぼくの耳に吐息をわざとかけて、彼女は仕事へ戻っていった。
いまにして思えば、彼女もおかしい。彼女もこんなことをする人じゃないはずだ。どういう人か知らないが。
気づかなかったのには理由がある。彼女が夕方から出勤しなくなったからだ。今年高校を卒業した彼女は、アルバイトからパートタイムへ切り替わり、朝八時から一七時半のシフトに変更された。ぼくは早くとも一八時からの出勤なので、単純に会う機会が少なくなった。今日は大学の講義がなかったので、一七時半のシフトにしてもらった。
つまり彼女とぼくの関係が店長や他のバイトにバレなかったのは、彼女の第二人格が表に出てくる機会がなかったからだ。
時刻は一七時半前、彼女はそろそろ退勤か。そう思っていたら、防火扉の奥へ消えてゆく三善さんの背中が見えた。
彼女の首筋に、何か光る糸のようなものが見えた気がした。
〇
他部門の従業員たちへ「お疲れ様です」と挨拶しながら道ゆく三善さんをぼくは呼び止めた。
「あれ、先輩」
振り返りぎわに見えたと思った彼女の素の表情が、魔法によっていかがわしいものへと変貌する瞬間が見えた気がした。
「なんですか、夜のお誘いですか」
三善さんは艶めかしさを演じているようだった。
「ちょっとここで待っててくれない」
丁度更衣室の前だった。ぼくの理想的に不思議そうな顔をする彼女を待たせ、更衣室へ行ってロッカーの鍵を開けた。鞄から例の
「目を瞑ってくれない」
廊下へ出てすぐ、ぼくは三善さんへ言った。周囲を確認する。
「なんですか、変態ですか」
「いいから目ぇ瞑って」
彼女がところ構わず下品なことを言うのは、ぼくの趣向に合わせてのものということだろうか。初めて会った際のラムゼンは、理想的な
彼女の首筋に巨大化したアニサキスのような線が漂っていた。よく見るとそれは
ややあって目を開けた彼女が、ぼくをじっと見た。無言のまま。
「じゃあ、そういうことだから」
ぼくは更衣室へ戻った。
鞄に
「まあ、そういうことだわな」
そういう
ラムゼンはこれで、あの人の第二人格を処理しろと言いたいのだろう。ぼくが望むなら。
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