フェンスの外の宮城さん
「話しかけることすらせんかったんか」
「近づくことすらできませんでした」
「なぜじゃ」
「わかりません」
ぼくはまた異世界駅にやってきていた。魔法が本物であることはもうわかっているから、ここへ来る理由などない。
代り映えのしない異世界駅。景色は大学の最寄りの駅とすごくよく似ている。田舎の風景。枯れた田畑。
「いっそのこと、どこか別の世界でも旅しようかな」
それもいいだろう。なぜだかもうあの人には永遠に声をかけられない気がする。
「気をつけるのだ」
宙に浮いた赤ん坊が言った。
「改札を出るならよく考えるのだ。戻って来られなくなるぞ」
「どういうこと?」
「ここは異世界駅。改札の外は異世界なのだ」
「そういう、ことだよねぇ」
「そういうことだ」
「……え、どういうこと」
「改札を潜ると、もう元に世界には戻れなくなるのだ。このホームには戻ってこられるが、おまえの前に逆様電車が止まることはもう二度とないのだ。意中の彼女にも会えなくなるのだ」
「なるほど、それは困る」
赤ん坊はおむつを履いていて、ホームに浮いていた。背中に天使の翼が生えているからだろうか。頭に輪っかが見える。
「あの、ラムゼンさん、この赤ん坊はなんですか?」
「エンヴリヲじゃ。母親の帰りを待っておる」
意味不明だが、赤竜のビンさんを見ているので驚きはしなかった。
「この子が言ったこと、本当ですか? 改札を潜ると戻って来られなくなるって」
「本当じゃ」
「もっと早く教えてくださいよ。間違えて潜ってたかもしれないじゃないですか」
「聞かれんかった」
「魔法のことは聞かなくても教えてくれたじゃないですか」
「確かに。そんなことより、例の件はどうするんじゃ? 諦めるんか?」
「諦めたくないからラムゼンさんに会いに来たんです」
「ラムゼンは甲斐性なしなのだ」
エンヴリヲが言った。話しているとき赤ん坊はずっと線路を見ている。
「こいつに相談しても無駄なのだ」
「エンヴリヲの言うとおりじゃ、儂に相談しても無駄じゃ。儂はお主に魔法を教えた。この魔法によって解決できん問題を、儂は解決できん」
「ほらみろ、甲斐性なしのノータリンなのだ」
「話しかける必要はないじゃろう。相手がひとりのところを狙い、出会いがしらに呪文を唱えればええ。それだけじゃ」
「そうしようとしたんです」
「わかっとるか? 会話はいらん。ゆえに間を埋めようする必要もない。出会いがしらの間を詠唱で埋めればええ」
「簡単に言いますけど」
「行使を終えれば向こうからいくらでも話しかけてくる。バイト先のなんとかちゃんみたいにのお」
「三善さんです」
「ああ、そうじゃった、そうじゃった、三善ちゃんじゃった」
「おーい」
微かに声が聞こえた。呼ばれた気がしてぼくは辺りをきょろきょろした。
それは向かいのホームだった。フェンスの外に学生服らしき服を着た女の子がいる。
「あ、みやぎだ」
エンヴリヲが指差した。
「みやぎちゃんじゃな」ラムゼンも言った。
「みやぎちゃん?」
“みやび”と聞き間違えたが、二人とも“みやぎ”と言っている。
「苗字が宮城県の宮城なんじゃ。魔法使いを目指しておる女子高生じゃよ。ん? あれはお主に呼びかけておるのではないかのお」
「ぼく? どうして」
「行ってみればわかる」
〇
僕は
「あ、来た来た」
宮城さんの声がした。彼女のいるフェンスの傍までぼくは歩いた。
「宮城さんですか?」
「ラムゼンに訊いたの?」
「え」
「わたしの名前」
「あー、はい。そうです」
「あんまり信用しない方がいいよ」
言葉の意味がわからなかった。ぼくが話の要領を掴めないでいると「ラムゼン」と宮城さんは答えた。
「あー、ラムゼン」
とりあえず頷いておいた。
信用しない方がいいとはどういう意味だろうか。ラムゼンには魅了の魔法を教えてもらった。信用しているし、感謝もしている。
「あなた、迷子ね」
「迷子?」
「この駅に迷い込んだんでしょ?」
「迷ったといいますか……乗る電車を間違えて、降りたらここに着いてたんです」
「それを迷子って言うのよ」
迷子ではない。帰り方だって知っている。
「宮城さんは魔法使いを目指していると聞きました」
「魔法使い?……ああ、そうね。バベルに通ってる」
「確か、魔法学校でしたっけ?」
「みたいなところ」
「魔法学校か……」
異世界の魔法学校へ通い魔法を学ぶ。そしていつか偉大な魔法使いになって、世界を冒険する。考えるだけで心が躍る。
「うわあ!」
男性の悲鳴がきこえた。
駅前をスーツ姿の男が走り去っていった。ふざけているという感じではなく、危機迫る形相だった。何度も後ろを振り返りみていた。
「なんですか、いまの」
「異世界だもん、変な人もいるよ」
「楽しそうですね」
宮城さんの表情は変わらず、振り返りもしなかった。慣れると、そういうものなのだろうか。
「宮城さんも魔法が使えるんですか? よければ少し見せてほしいなぁ、なんて」
「ここじゃ使えないんだ」
「あ、そうなんですか」
「それと、別に楽しいところじゃないよ」
「どんな感じなんですか、授業とか」
「授業なんかない。研究するだけ」
「研究?」
「罪悪感の研究? とか」
「罪悪感の研究……?」
よくわからないが、なんだか難しそうだ。
「でも、そこへ行けば魔法を学べるんですよね?」
「学べない。呪文は教わるだけ。あなたもそうでしょ?」
「ぼく?」
「ラムゼンに呪文を教わったんでしょ」
魅了の魔法のことを言っているのだろうか。あまり女の子を前に、あの魔法の話はしたくない。内容が“魅了”だからだ。
「どうして、ぼくがあの人から魔法を教わったことを知ってるんですか?」
「彼を信用していれば、そのうちわかる」
「信用しちゃ駄目なんじゃないんですか?」
「そろそろ行くね。遅れると入れなくなるから」
宮城さんは素っ気なかった。彼女はフェンスの向こうに広がる、夕日色のレンガ造りの街並みへ消えていった。
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