砂漠に花を咲かせましょう

ノウセ

第1話

 


 私が初めて恋をしたのは––––––蜃気楼の彼だった。


 

 まず目に止まったのは、風にそよめく長い髪。

 生まれてずっと、大勢の人の行き交う交易の街に暮らしてきたけれども、白銀の髪色を持つ人間など見たことはなかった。


 それから次に彼の身に纏っている服装に。

 界隈の国々では、けして目にしない種類の民族衣装だった。

 最初に見た印象では、それはとても陳腐で奇妙な格好のように思えた。しかし、しばらく見つめて見慣れてくると小綺麗で気品がある格好のように見えてくる。––––いや、違う。あれは私たちのものよりもずっと上等で洗練されている。

 自分が今まで見てきた民族の、商家の、士族の、どこの誰よりも気品を感じさせる出立ちをしているように思える。

 その身に纏っている物から、彼はきっと自分の住む国よりも、発展した文化を持つ国で暮らす若者であることが推測できた。(もしくは身分のある人なのだろう。)


 それから–––––––––


 顔はよく見えない。

 ぼやけているから。


 でも、若者であることは間違いない。

 それと線は細いが、女ではない。

 あれは【彼】だ


 もしかして彼はいま狩りをしているだろうか? ––––やはりそうだ。

 目を凝らすと朧げだが見えてきた。弓を持っている。軽装な民族衣装を着込んで、馬上から草原を真っ直ぐ見つめている様子だった。


 でも、それ以上はよく見えない。



 (ああ、どうかこちらを振り向いて‥‥)


 

 もう少し目を凝らせば–––––。

 この場所よりも近づけば–––––。

 輪郭がもっと見えてくるはずなのに–––––。


 砂漠の向こう。

 地平線の彼方にある彼の姿を、私は求め続ける。



 (ああ、彼を見たい‥‥!)



 どれだけの時間をそうしていただろう。

 我に返ると、夕暮れが近づいていた。

 そうだ。私は家へ向かう帰路の途中だったのだ。

 

 だが、私の向かうべきはもう、そちらではなかった。

 胸の焦燥に追い立てられて、居ても立っていられず、追いかけることにしたのだ。

 幻を。あの彼を。

 蜃気楼が儚く消えてしまうその前に。


 それでも旅支度を整える為に一旦は家に帰り、家族に簡単な別れを告げた。

 私はすぐにでも彼の元へ向かいたかった。

 しかし、強く腕を引っ張る者がいる。

 

「砂漠に行くのかい? ダメだよ。言っただろう。砂漠には人を呼び込むために幻を見せる魔物がいると‥‥」


 年老いた母親に酷く泣かれた。

 これが今生の別れになるかもしれないのに、なおも簡単な挨拶で済まそうと私に、母は懸命に私を引き止めるために縋り付いてきた。

 でも私はそれを振り払った。それは仕方のないことだった。


 だって––––私はかけがのない恋をしてしまったのだから。

 だって––––幻が消えてしまう前に、急いで彼を追いかけねばならなかったのだから。

 だって––––彼を初めて見たあの瞬間に、自分の人生は〝誰と歩むのか〟決まってしまっていたのだから。

 

 私は母を捨てた。






 

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