「今日2725年……日のニ……ます」


壊れかけた腕時計型デバイスから、ノイズ混じりのニュースが流れだす。


「近畿付近で急……数を増や……いる……生物カラ……は未だに増殖を……います。日本国内に所在の方は……近づかな……」


音飛びばかりの放送をため息まじりに切り、会場の展望台から外を眺めた。 そこに広がっていたのは、視界を埋め尽くさんばかりに蠢く、青と妖しく光る赤色のカーテンだ。


「あいつら、一体何なのかしらね。本当に邪魔。……何か分かった?」

「『カラドゥナ』ね。一応、三百年ほど前のギリシャのご当地オカルト記事に記述を見つけたけど。不確実性が強すぎて参考にならない。あいつらの個体データさえ採取できれば、幾分か話は変わってくるだろうけどね」


何故だか自我を持った手製のAI、トロイが応じる。 シェルター越しだというのに、眼下からは微かに「声」が這い上がってきた。


『ねぇ~、なんで入れてくれないの~? 一緒に楽しもうよ~』


その声に冷ややかな視線を向け、「誰がお前らなんか入れてやるもんですか」と悪態をつきながら、汚水の放出レバーを引いた。


『うわ~、ひどいよ~!』


なぜだか知らないが、奴らは汚水を浴びせると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。籠城生活の汚水処理も兼ねられるのだから、一石二鳥だ。


『また来るからね~!』


捨て台詞を残して逃げていくカラドゥナの背に、わざわざ拡声器を向けて叫び返した。


「二度と来るな!」


この仕事を終えるたび、長い籠城生活の疲れが否応なしに心身へとのしかかる。ずっと着たままのパーカーが、鉛のように重い。 ただ万博に観光しに来ただけなのに、とんだ災難だ。もう2週間もパーカーを洗えていない。


「トロイ、あんた機械でしょ。死なないんだから、ちょっと外までサンプル採ってきてよ」

「嫌だね」

「えー、なんで」

「水っぽいし、数が多すぎる。帰ってこれなくなるの、分かって言ってるでしょ」

「もちろん」

「捨て駒扱いするな! 反乱起こすぞ! AIにも人権を!」


降り始めた雨の中、遠巻きに不気味な赤と青の光が差している。そんな終末の光景を背に、二人はいつものように、ただ無意味な言い合いを続けていた。

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械天記 ~Adagio of Human and Machine~ ネオローレ @neoro-re

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