番外編 第1話
第1話
「さむっ。さむっ。なんなのよ、これ」
「当り前だろ、そんな格好をしていたら」
身体を抱きかかえる
「競馬場は、基本的には吹きっさらし。どんなに厚着をしていても身体は冷えるよ。なのに、そんな格好じゃ、寒くて当然だ」
山林堂は、黒のミニスカートに
タイツをはいてはいたものの、冬の競馬場ではきつい。
ましてや空は灰色の雲に覆われ、北からの風が容赦なく吹きぬけている。これで平然としていたら、むしろ驚く。
山林堂は思いきり顔をしかめた。
「聞いてないよ」
「言った。昨日、校門を出て、公園の前を通りかかったところで。明日は寒いから、防寒対策はしっかりした方がいいって。あたしは若いから大丈夫って言った後も、舐めたら大変なことになるって忠告した。それを無視するから……」
「出たよ。何時何分何秒に言ったとかいうやつ。細かいんだから」
「それは、ひどくない?」
「あー、うるさい。ちゃんと言わない宗太が悪い」
アドバイスしてやったのに、なんだよ、それ。暴言が過ぎる。
「スタンドに入ろうよ。もうパドックはいいでしょ」
いつのまにか、目の前を歩く馬には騎手がまたがっていた。縦一列になって、ゆっくりと周回する。
身体から湯気があがっているのは、三番の馬だ。
一月半ばなのに、冬毛はなく、馬体は美しく輝いている。気合乗りもよくて、いい感じで走りそうだ。
「宗太、早く」
「わかったよ」
山林堂にうながされて、スタンドに入る。
多少の冷気はあるが、外とは雲泥の差だ。やはりエアコンはすごい。
「フードコートへ行こうよ。この時間なら、空いているでしょ。あたし、ピザ、食べたい」
「そうだけど、ちょっと待って」
僕は、壁際のテーブルに歩み寄って、散らばったマークシートカードを整理した。
馬券の買い方はいろいろあるが、競馬場では、スマホに頼らず、手書きでマークシートを塗りつぶして、券売機に放り込む人が多い。年齢や性別で差はなく、やりたい人がやっているという感じだ。
券売機で購入すると、紙の馬券が手に入るのも、いいのかもしれない。
マークシートカードには種類があって、一般的なものに加えて、流し馬券やボックス、フォーメーション用、わかりやすく項目を絞ったライトなカードがある。
それらは券売場近くのテーブルに置かれているが、購入する人は目の前のレースに夢中で、カードを適当に引き抜いて、自分の書きたいところだけ書くと、そのまま放置して券売機へ行ってしまう。間違えても捨てることはせず、中途半端に破いてそのままにしておくか、ひどい人になるとそのまま放置する。
それが繰り返されるので、テーブルはまたたく間に散らかって手に負えなくなる。職員の人がたまに整理するが、追いつかないのが現状だ。
僕はカードを種類で分け、使用済みかどうかを確認し、未使用のカードはそのままカード入れに戻した。使用済みのカードはまとめて、近くのゴミ箱に入れる。
「ホント、マメだよね」
山林堂は腕を組んで、こっちを見る。
「散らかっているテーブルを見ると、必ず整理する。いっしょに競馬場に来るようになってから、ずいぶん経つけれど、やらなかったこと、ないよね。通りすがりにささっと、片づけちゃう」
「ひどいところはやらないよ。それに人がいるところも」
「そうかな。人が離れるのを待ってから片づけたこともあったよね」
驚いた。意外と見ている。
「細かいっていうか、几帳面っていうか。明らかにやり過ぎでしょ。どうして、そこまで手を出すのよ」
「気になるからだよ。仕方ない」
山林堂はこちらを見た。口を閉ざすが、それは少しの間だけで、すぐに話をはじめた。
「まあ、いいか。気になることは、誰にでもあるしね」
「あまり気にしないでくれると、うれしいよ」
山林堂が話題をそらしてくれたので、僕はそれに乗った。深く突っ込まないでくれて、本当に助かる。
「気にはしていない。細かいなと思っただけ。どうせ、家でもそんな感じなんでしょ。自分の部屋、きちんと片づけていそう」
「掃除はしっかりしているよ。好きだからね」
「洗濯や料理もやっているの?」
「もちろん」
「うざー。そういう細かい男は、女の子に嫌われるよ」
「別にいいよ。今さら」
「強がっちゃって」
山林堂は先に立って歩きはじめた。そのまま地下のフードコートに向かう。
フードコートは大きく二箇所に分かれていて、僕たちが向かったのは四コーナー側の一角で、ピザやパスタを気楽に食べることができる場所だ。
僕はミートソースのパスタを、山林堂はテリヤキチキンのピースピザを頼んだ。
フードコートは、昼食時を過ぎていたこともあり、空いていた。レースを見るために出て行く人もおり、奧に行けば、回りを気にせず、話ができる。
「わざわざ悪かったわね。気楽に話せるのは、ここしかなくてさ」
「いいよ。どうせ、いつも来ているんだし」
「それも、そうか」
山林堂は、ピザにかぶりついた。
「話がしたかったのは、例のこと。話をしたけれど、まあ、いまだに聞いてもらえなくてさ。絶賛大喧嘩中」
「そうか」
僕もその話は聞きたかった。ちょうどよかった。
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