第4話

 そう思ったのに、日曜日、僕は競馬場に行っていた。


 ばらされて、自分の評価が下がるのはかまわない。それでも、いろいろと訊かれて、事情を説明して回るのは鬱陶しい。こちらのことをわかる気なんて一ミリもないのに、話を聞きたがるというのは、どういう神経なのか。


 一時間か、二時間、耐える。それで、面倒な大人と付き合わずにすむのなら、仕方ない。


 顔をあわせたのは、この間と同じ中山競馬場。


 パドックの近くにある馬の銅像前だった。


「あ、来た。逃げなかったね」


 山林堂は、黒のタンクトップに、花柄のガウチョパンツで、手には麦わら帽子を持っていた。靴は黒のローファーで、小さなショルダー・バッグを肩にかけている。


「ちょっと、何とか言いなさいよ」


 山林堂がにらみつけてきたので、僕は静かに応じた。


「何を……」

「女の子がそれなりの格好をして待っているのよ。最低限の礼儀があるでしょ」

「あ、ああ、よく似合っているよ」

「全然、心がこもってない。それじゃモテないよ」


 いいよ。そのつもりはないから。


「本当は日傘を使いたかったんだけど、競馬場ではよくないって言われて。馬が驚くのよね」

「ああ、まあ」

「だったら、仕方ない。これでしのぐ」


 山林堂は帽子をかぶった。


 九月に入っても、夏を思わせる強烈な日射しが頭上から降りそそいでいる。暑さは一向に和らぐ気配を見せず、立っているだけで頭が焦げそうになる。


 パドックに向かう観客は、恨めしそうに空を見ながら汗をぬぐう。

 競馬場は遮る物が少ないから、一層、暑さを感じる。


「じゃあ、行こうか。まずは、パドックだっけ。もう馬、出ているよね」

「そうだけど……」

「おいおい、ひどいな。私は置いてけぼりかい」


 やわらかい声を発したのは、山林堂の横に立っていた男性だった。カーキのシャツに、灰色のチノパンというスタイルは、前と同じだった。櫛の入っていない髪も、無精髭も変わらないが、眼鏡をかけていたので、この前ほどの貧乏くささは感じない。


 先週、山林堂といっしょにいた人だ。思ったよりも身体は細い。


「仕方ないから、自分で紹介するか。はじめまして。私は山林堂晴彦。綾香の叔父です」


 言われて、僕は山林堂と男性を見比べた。


 まるで似ていない。顔立ちも身体付きも、まったく違って見える。


 嘘でしょ。これで親戚。


「本当なんだから、仕方ない。そうだよね、綾音ちゃん」

「知らないわよ。髭ぐらい剃ってくればいいのに」

「これがいいんだよ、よろしくね、ええと……」

「も、本橋宗太です。よろしくお願いします」

「はい。よろしく」


 晴彦さんが手を伸ばしてきたので、僕は素直にそれを取った。


「これでもね、身なりを整えれば、見映えはいいの。なのに、わざと、髭も伸ばして、髭も剃らないで、格好悪く見せているから。何を考えていんだか」


 山林堂はこめかみを掻いた。言葉は悪いが、悪意は感じない。


「これがスタイルだから。仕方ないね」

「連れて歩くこっちの身にもなってほしいわ。別に保護者なんていらないのに」

「トラブルがあった時、大人がいると便利だよ」


 晴彦さんは笑った。邪気のない表情だ。


「もう少しまともならね。こんないかがわしい人を連れていると、かえって面倒が増えそうな気がする。鬱陶しい」


 息をつく山林堂を、僕は目を丸くして見ていた。こんなしゃべり方をする奴だったか。


「ほら、まくし立てるから、本橋君が驚いている。すまないね。面倒な子で」

「誰が、面倒だって?」

「先週も顔をあわせているよね。パドック脇で。スタンドへ入る直前だったね。綾音が珍しく他人を見ていると思ったら、君がいた。クラスメイトなんだってね」

「は、はい」

「この間、僕たちを見て、どう思った? 親戚には見えなかっただろう。もしかしてパパ活でもしているように見えた?」

「叔父さん!」

「あの」


 僕は頭を下げた。


「すみません。ちょっとだけ思いました。何か、ひどく釣り合いが悪く見えたから。ごめんなさい」


 素直に謝った。嘘はつきたくなかった。


「そうだよね。僕が君の立場だったら、同じように考えただろうね」

「あんた、あたしがパパ活するような女に見えるの?」


 山林堂は僕に歩み寄って、にらみつけてきた。眼光はきつい。


「どうなの?」

「いや、まったく」

「なら……」

「でも、僕の人を見る目なんて、たいしたことない。何度もだまされているし。だったら、そういうことがあっても、おかしくないかなと思って」


 山林堂の口は動く。しかし、言葉は出ない。


 一呼吸ついてから、首を振る。改めて僕を見る視線は厳しいままだった。


「あのね」

「は、はい」

「あたし、処女なの。まだ誰とも付き合ったことがないの。だから、パパ活なんてするわけないでしょ。馬鹿馬鹿しい。もう少し、まともなことに頭を使って」


 山林堂は一気に言い切ると、背を向けて、パドックに向かった。


 ぼくにできるのは、その姿を見送ることだけだった。


 いったい、なんなのだ。


 何も言えずにいると、傍らからつぶやきにも似た声が響く。


「驚いたな」

「何がですか」

「綾音ちゃんだよ。あんなに自分を表に出すなんて。身内以外では、はじめてだと思う」

「ええと」

「すごいね、本橋君は」


 何を言っているのか、よくわからない。


 自分を出している? 山林堂が? 


 まるでわからない。最初から、僕にはああだった。


 きつくて容赦なくて。あれが、自分を出しているってことなのか?


 いったい、何なのか。


 人によって接し方を変えるのは、さすがにひどくないか。


 これがつづくのかと思うと、さすがにうんざりだが、まあ、今日一日の辛抱だと思えば、何とかなる。


 僕は小さく息をついて、肩を揺らす女子の後を追った。

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