女装

「うぅんっ……」


 記憶喪失と偽ってしまった以上、僕が自分の家を知っているのは不自然だ。

 両親不明。住所不定。

 そんな状況で公安魔法少女第三課に身を寄せた僕が居られる場所は少なく、早見さんと行った銭湯から帰ってきた後の僕は公安魔法少女第三課の部屋にあった仮眠室で一晩を過ごすになった。


「すぅ……すぅ……す───はぶっ!?」


 呑気に久しぶりの日本で眠っていた僕は朝、いきなり鳴り響いた警報音に飛び起きる。


「あら、起きたのね?」


「あっ、おはようございます。一条くん」


「……ッ!?!?」


 目覚め、慌てて辺りを見渡した僕はまず視界の中に入ってきた早見さんと土御門さんの姿に目を見張る。


「魔物発生の警報音だけど、安心してね?これから魔物との戦闘に行ってもらうことになるけど、その相手は今、暴れている魔物じゃなくて既にある場所で根を張った魔物の討伐任務だから。ほら、少しだけ警報音が違ったでしょう?」


「……」


 い、いや、今はそれよりも僕が呑気に寝ていた横でお二人さんがいたことの方が驚いているんだけど……。


「今回お願いしたい仕事は他の課の魔法少女も参加するんだ。一条くんには女装をお願いしたい……いいかな?」


「んがっ!?」


 寝起き。

 まだ頭があまり働いていない中、いきなり女装しようかと言われた僕はさっきまであった羞恥心なんかも消し飛んで口から変な声だけが漏れ出る。


「じゃあ、私がメイクを担当するわね」


 そんな僕へと何やら大量のメイク道具を持った早見さんがにじり寄ってくる。


「待って!?カツラ被ったりするだけじゃないの!?」


 おかしい!?昨日の話では髪だけ、とかそんな話になっていなかった!?


「いや、それじゃあ女装にならないでしょう?蓮夜くん」


「なんでさ!?」


「あれ?蓮夜くんは自分がただ髪を伸ばして、服装を変えるだけで自分が女の子になると思っているの?流石にお姉さんは少しのメイクはした方がいいと思うわよ?変装の意味も込めて、ちょっとだけ違う印象を持たせるようにメイクするのがおススメよ」


「……ぐっ」


 な、何も言い返せなくなってしまった!?


「……って、いや!?まず、大前提僕はまだ女装することを受け入れたわけじゃないんだけど!?昨日は銭湯で一息ついて気持ちよく寝ちゃったから流れたけど!?」


「……ちっ。寝起きのゴタゴタで強引に女装まで持って行く計画は失敗か」


「何その発想!?酷いんだけど!?」


「そ、それじゃあ……一条くんを公安魔法少女第三課の方で預かるのが大変になっちゃうんだけどぉ」


「……」


 おい、待て。

 その言葉はちょっとライン越えじゃないか?強すぎるじゃん。申し訳なさそうな顔で切っていい札じゃないよ。僕を完全に吹き飛ばす核兵器持ち出して申し訳なさそうにしてくるなよ。

 女装するか、高校退学中卒十七歳としてこの日本で就職活動をするか……最悪の二択だな。

 ま、まだト〇タは期間工の募集とかしているかな?十七歳受け入れてくれる?体の丈夫さなら自信あるけど。山を穿つ一撃を腹で受け止められるよ?


「ほら!諦めましょう?蓮夜くんは女装をする運命なのよ。安心して?私が綺麗にしてあげますから」


「いやぁーっ!?」


 望んでない!望んでいないよ!

 にじり寄ってくる早見さんを前に僕は心からの悲鳴をあげるのだった。


 ……。


 ……………。


「……割と様になっている」


 メイクの力で目力の強い美人に仕立て上げられた僕は複雑な表情で鏡を眺める。

 間違いなく似合っている。

 アイドルや女優だと言われても納得する美しさ……これがっ、僕の性別が男でなければメイクの腕を褒めたたえていただろうが、あいにくと僕は男だ。


「……はぁー」


 今の自分の姿を中々受け入れたくはなかった。


「割とちゃんとコンプレックスなのだけど……」


 低身長で女の子っぽいのは割と自分にとって大きなコンプレックスだ。

 これが理由で小学生の頃、好きだった女の子に振られたからな?『女の子っぽいから嫌』というあの言葉は中々忘れらない……中学生の時にその子と付き合ったりしたからあんま深い傷にはなっていないけどさ。


「むぅ」


「そう膨れないで、ね?似合っていますよ?」


 不満を表に分かりやすく出す僕に対し、早見さんが優しく声をかけてくる。


「それが嫌だという男心。それとこの和装。いくら何でもしっかりしすぎじゃない?布が多くて動きやすさが℃愛されているんだけど……こう、布を減らして足のところに切れ込みいれて動きやすくしてほしい」


「うーん。あまり露出が多すぎると色々なところから文句がっ」


 着ているだけで重さを感じる和服に対して不満を口にする僕だが、それは土御門さんの方からストップをかけられる。


「いや、あのフリフリの衣装が許されているのに、僕の和服で文句が飛んでくることある?」


「あれは魔法少女が魔法を使うのに必要なの」


「じゃあ、僕のそういうことにしておいてよ」


「その服でも問題はないでしょう?」


「いや、結構……あるかもよ?」


 全身鎧よりははるかに動きやすいけど、それでもこの和服に全身鎧ほどの防御力は望めないでしょ。

 あったからと言って


「気持ちはわかるんだけど……お願い、ね?ほら、露出が多すぎるとおじさんたちから気持ち悪い目で見られることもあるかもしれないしぃ」


「いや、別におっさんの視線で四苦八苦するほど繊細じゃないが」


 男である僕が女装をするという行為そのものが嫌なだけで、それに付随するものはあまり気になっていない。


「でも、お願い……必要なことなの。私たちは国家機関なの。どれだけ世間が身勝手だとしても、この国が民主主義であるうちは、勝てないのよ」


「この世界、魔法少女が色々なものに縛られ過ぎている!命を守る職業なのにっ!凄い被害が出ていたというのにさぁ」


 調べた感じ、結構死んでいたよ?一般人が魔物の被害で。

 それなのになぁーんでこんな魔法少女周りのしがらみが多いんだ。


「だ、だからこそというか……ね?みんなピリピリしているのよ。どこかにその憂さ晴らしをしたい人がたくさんいて」


「はぁー……まぁ、それもそうか。でも、それでこっちが割を食うんだから納得できないよな」


 苦労人の気質がある土御門さんをこれ以上困らせるのも可哀想だ。


「まぁ、良いや。仕事あるんでしょ?さっさと仕事行こ。ずっとこのままの格好でいる方が嫌かも」


 女装まで受け入れたんだ。

 別に……もう和服くらいどうでもいいかも。


「三分で片付けてやる」


 ちょっとばかり自暴自棄になった僕は刀を握り、さっさと出ようと早見さんの方に視線を送るのだった。

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