《《20 修行》》
「 やべぇ、奴はどこだ? 」二人でキョロキョロするが見当たらない。
「 かず、美国方面じゃねぇか? そんな気がする 」
数馬は迷ったが、「 取り敢えず、そのホームからあちこち探そう 」
この時名古屋市内に出るということをまったく考えていなかった。
走ってホームへ。
注意深く幾つもあるホームを見渡す。
……
「 あ、いた 」一助が見つけたのは、自分らの立っているホームの先端だった。
「 おー、いちの勘が当たったな。これで親父に怒鳴られなくて済むぜ 」
愛美ら二人は高山線に乗り、寺守も続く。
「 《らいおん寺》へ行ったりしてよ 」一助が冗談みたいに言う。
「 いや、理由はわからんが、有り得るぜ 」
一時間ほどで美国。
愛美が荷物を持った。
駅前からタクシーに乗って行ってしまった。
道路は真正面と左右へと三方向へ伸びていて、愛美らは真正面の道を行った。
ほどなく別のタクシーがきて寺守が乗る。
結構待たされ、タクシーに乗り込んで、「 《らいおん寺》 」と告げる。
「 え、かず、大丈夫か? 行先わかんないのによ 」
運転手が訝し気に数馬らを見るので、
「 俺らはさ、探偵で前のタクシーに乗った男を尾行してんのさ 」数馬は正直に言った。
―― どうせ信じちゃくれんだろうけど …… と思いつつ。
運転手は無線で何やら喋って、
「 お客さん、先のタクシーに乗ったお客さんが《らいおん寺》って言ってたみたいだよ 」
と教えてくれた。
「 あ、すみません。良かった。行先間違ってなかったぜ 」数馬はホッとした。
「 ああ、ここで間違ったらよ、親父にどやされるとこだ 」
一助も笑って汗を拭く。
数馬は運転手の声を聞いて思い出した。前に一助と来た時に何回か使ったタクシーの運転手だった。だが相手は覚えちゃいないようなので、放っておく。
運転手が、また、「 どっからきたの? 」から質問を始めた。
まるで尋問を受けてるかのように二時間ほど質問に答え続ける一助は目的地に着いた途端、
「 俺、疲れた。レストラン無いのか? 」
寺以外、森、森、森……。前回は今の一助の役を数馬がやっていて笑うと、一助が舌打ちをする。
寺守が良いタイミングで門から出てきた。
数馬は五十メートルほど離れた木の陰から様子を見ていた。
「 かず、親父に報告しとく 」スマホをかざして一助。
タクシーが来て寺守は行ってしまった。
「 かず、俺奴を追うからよ、こっち頼むぞ 」一助はスマホを片手に来た道を逆走して行く。
―― そんなに焦んなくても、奴は帰宅すんだろう。精々どっかで飯食うかだ ……
数馬はそういう目で一助の走る後ろ姿を眺めていた。
門を潜ると大きいが古ぼけた寺がどーんと構えている。二度目だからその大きさに驚きはしないが、威厳がある。
玄関で声をかけると、遠くから住職の声が返ってくる。
「 先日は…… 」と挨拶をし、愛美と彼氏らしき男性について質問する。
「 あー、探偵さんね。カップルさんは修行に来たんですよ 」
どうやら五日間泊まり込みらしい。目的を訊くと、
「 ま、精神修養とでも言いますか。彼女はこの寺の寺男の家系なのはお話ししましたよね 」
数馬が肯く。
「 身の回りで殺人事件が何件も起きて、何か自分の家系と関りが有るんじゃないか、そう心配して来られたんで、早寝早起き、座禅や滝行などで精神を鍛え上げるとそういったことは起こらなくなるよ、とお教えしたんですよ 」
何回聞いても住職の一言一言ゆっくりとした重たい喋りが、高校時代に良く説教された先公と重なって、数馬の心に苦手意識を湧きあがらせる。
そんな気持ちをゴクリと飲み込んで、
「 殺人と家系とどうして結びついたんだろう? 」質問を続ける。
「 ご自分で調べて被害者が野武の関係者らしいと知ったようです 」
……
「 五日後また来ます 」数馬はそう言って寺を後にする。
一緒に修行をしている男性は、鳥井優斗(とりい・ゆうと)という同学年の新しい彼氏のようだ。愛美らのほかに男性が二人修行にきていて鳥井は三人部屋らしい。
事務所には一助が一足先に着いていて、「 奴は直帰だった 」
「 そっか、お疲れ 」数馬は、
―― やっぱりな …… と思いながら、そう言っておいた。
美紗が帰りを待ち構えていたようで、
「 お帰り。数馬、愛美の彼氏、鳥井だよな。……そいつも野武の配下の末裔だ。襲われるかも知らんからちゃんと見てれよ 」
驚きだった。―― どうしてこんな偶然が続くんだ? ……
「 数馬、夕飯まだなんやろ。用意しとるさかい食べ 」
さすが母さんだ良くわかってる。
「 おー、数馬と一助は美国へ五日後行くのは良いけど、それまで寺守の行動とか確り頼むぞ。あと七日しかないんだからな 」
親父は気合を入れるつもりなのか、うるさい。
「 わかってる。んでもよ、警察が寺守を逮捕したってこっちにはよ、関係ないんじゃないの? 」
と一助が不満を漏らす。
「 いち、そないなこと言うもんやあらへんえ。あての親友が困ってるんや、助けるんが人情やおまへんか? 」珍しく母さんが怒った。
「 いや、別にやらないとは言わないがよ。警察が勝手に決めた猶予期限をなんで俺らが必死こいて守らんきゃなんないのかって思っただけだ。悪かったよ、母さんそんな怒った顔すんなよ 」
一助も母さんには絶対逆らえないから慌てている。
その仕草が可笑しくて数馬は「 くくく 」と笑ってしまう。
「 ま、確かに、本庁の無謀な命令を闇雲に実行するのはどうかと思うがな、でも、いち考えて見ろ、初めの事件から一年以上経つんだ。六人も殺されて、さらに増えるかもしれない。都民の安全を守る立場の警察が、多少焦って勇み足になることをやろうとしてもしょうがないだろ。それを俺らがカバーしてやろうってことさ。警察のためっていうより丘頭警部のためにな 」と親父が言う。
「 そうや、てて親の言う通りやで、いち。そんために桃子は串団子持って来て、あんはん食べたやろ 」
母さんがとんでもないことを言う。
「 えー、あれにそんな意味まで持たせるか…… 」
一助も頭ではわかっててちょっと言ってみたかっただけなのはわかってる。それが証拠に母さんの言った冗談に笑っているだけ。
数馬も笑うしかなかった。
結局、四日間は寺守もツアーに出てしまい収穫は特筆するに値しない。
五日後、数馬は朝食を終えてすぐに、「 じゃ、親父、行ってくるな 」
「 おー、猶予期限まで後二日だ、お前ら何か掴んで来いよ! 」
親父が祈る様に手を合わせ叫ぶ。
今回は一助と車で《らいおん寺》へ向かう。
「 最終日の午前中も修行があるから、寺を出るのは恐らく二時過ぎるだろう 」
と住職は言っていた。
……
時として目に写り込む富士山を右手に走り続け、午後一時半過ぎに寺の門の見える場所に到着する。
「 いち、最近、彩香さんと会えてんのか? 」
一助と恋人三条路彩香は二人とも待つタイプなので、互いに会いたい気持ちを押さえて、ひたすら連絡を待ってるんじゃないかと思ったのだ。
「 半月、顔見てないけどよ、どして? 」
「 お前も忙しいからと思ってさ、電話くらいしてんだろ? 」
「 人のことはほっとけ、上手くやってる。お前こそどうなのよ。めぐちゃんとは? 」
一助がいやらしい笑みを浮かべて言う。
「 ほら、こないだ。事務所の留守番の時、…… 」
話の途中で、愛美たちが姿を見せる。
寺守も木陰から窺っている。
山側からかなりのスピードを出したワンボックス車が、砂埃をもうもうと巻き上げて数馬らの横を通り過ぎ、愛美たちのすぐそばに急停止、ザーッとタイヤが砂利道を滑る音がはっきりと聞こえる。
「 かず、何かやばくないか? 」と一助。
「 あぁ、行くぜ 」数馬はドアを開け、踏み出す。
ワンボックスは停止する前からスライドドアを開けていて、やばっちい感じの四人の男が飛び降り、愛美たちを囲んで強引に車に乗せようとしている。
「 いち、急げ! 」
数馬たちが行くその先を寺守が走る。
鳥井が愛美の腕を掴む男の手を払いのけ愛美の前へ出る。
怒鳴り声が聞こえ鳥井が殴られ、倒れる。
愛美が無理矢理車に押し込まれそうになる。
鳥井が起き上がって男の背後から飛び蹴り、男が転がる。
ほかの男が鳥井に殴りかかる。
鳥井がかわす。愛美を掴んでいる男にタックル。一緒に転がる。
そこへ寺守が参入。
男らと車の間に立ちはだかり、空手の構え。
男らが手に手にナイフ。
雄叫びを放ちナイフを闇雲に振り回し寺守に襲いかかる。
巧みにかわしつつ気合と共に男の胸を突く寺守。
鳥井が愛美の手を引いて門の中へ走る。
「 寺守さん、助っ人します 」数馬が言って男達に対峙する。
三対四の睨み合いになる。
パトカーのサイレンがすぐそばで鳴って刑事が二人、
「 警察だ! 何やってんだ! 止めなさい 」
男らは慌てて車に乗り込む。
刑事がその前に立って、「 止まりなさい! 」
車はその刑事を轢くような勢いで加速。制止を振り切って走り去る。
刑事がスマホを握って耳に当てる。
もう一人の刑事が、「 数馬くん、一助くん大丈夫か? 」
市森刑事だ。
「 寺守の尾行ですか? 」
笑顔で頷く市森。
市森刑事が門から顔を覗かせている鳥井と愛美を手招きする。
「 きみ怪我してるね。病院へ行った方が良いな 」市森刑事が言う。
「 いや、全然平気ですこのくらい 」鳥井が微笑んで返す。
「 愛美さんは怪我無い? 」
「 はい、ありがとうございます。でも、どうして刑事さんがここに? それにあなた私を尾行してたひとですよね? 」
愛美が寺守に尖った目を向けて言った。
寺守は返事に困った風な顔をして市森刑事に目を走らせる。
市森刑事は寺守を指して、
「 僕らはこちらに用事があって、……その話も聞いておきます 」
寺守は愛美に軽く会釈して、市森刑事に、「 何でも聞いて下さい 」
市森刑事が寺守の背を軽く押すようにして、
「 じゃ、寺守さん、行きましょうか 」パトカーに乗るよう促す。
「 市森さん、俺とたぶん親父と一緒に話聞きたいんだけど、良いかな? 」数馬が訊く。
「 ああ、良いよ。浅草署で訊くから、そこで。……愛美さん、あなた方にもお話聞きたいので帰ったら浅草署に来てもらえますか 」
市森刑事は愛美が肯くのを待ってパトカーを走らせて行った。
「 愛美さん、《岡引一心探偵事務所》の岡引数馬と言います。こっちは一助。男らと車の写真撮ったからすぐ捕まる、安心してて、それまで、鳥井さん愛美さんを頼みますよ 」
数馬の言葉で愛美の警戒心が和らいだ気がする。
「 彼らは誰ですか? 知ってるんですね 」と鳥井。
「 えぇ、大体、事務所に帰ってそれをはっきりさせ警察と協力して奴らを捕まえるんです。で、面倒でしょうが警察へ行く前に事務所へ二人一緒に来てもらえませんか、お話しを訊きたいので 」
数馬が言うと、「 わかりました 」と愛美。
タクシーが彼らを迎えに来て愛美が鳥井の傷を気遣いながら帰って行く。
数馬は動画を美紗宛送り、
「 動画の男らの顔写真と車番調べて丘頭警部に教えてやって 」
とSNSに書き込んだ。
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