《《19 山田一郎》》

「 高校生があんなに計画的に、驚きだなぁ。それに二巡目に入ったところって言ってたから、被害者は五人、六人目が間一髪助かったってことですよね。ひっどいなぁ 」

市森が覆面のドアノブに手をかけて言う。

「 絶対、暴行の証拠見つけて起訴するわよ 」

助手席にどっかと腰を下ろして桃子は言った。六人目の大石の証言があるから何かひとつ物証さえ出たら完璧だと力が入る桃子だった。

「 それと、市森、彼を襲ったのは寺守よ。彼は女装の趣味有るし空手の有段者、なにより付近のカメラに写ってたからね。家宅捜索してでも物証掴んで逮捕したいわね 」

「 え、でも、岡引さんは違うって 」

「 そうだけど、他に容疑者いる? 私も確信するまでにはないから物証なのよ。物証が犯人を教えてくれる。でしょう? 私の浅草で……許せない 」


 鍵の掛かっていない持ち主不明の隠れ家に踏み込んでみると、

「 あらー、証拠丸出しじゃない…… 」

桃子は呆れた、というか、やはり子供のやることだと思った。

汚れたベッド、照明器具、無造作に床に置かれたパソコンにUSBメモリ、ゴミ箱はティッシュの山等、部屋中証拠に溢れていた。

「 鑑識呼んで、私、頭痛くなってきたから帰署するね。後を市森頼むわよ 」

桃子はそう言い残して隠れ家を後にした。 ―― 有罪確定だわ ……



 一心は、美紗が突き止めた中津の本籍地九子市(くずし)を訪れていた。都心から南西部に四十キロ周囲は七つの市とひとつの村に囲まれている。電車で一時間ちょいだ。

駅を出ると目の前に繁華街が広がる。続く歓楽街は真昼間の今、静まり返っている。

運転手に行先の住所を告げ景色を眺める。

 過ぎ去る町並みは地方都市感に溢れている。中心街を過ぎると数階建てアパートと戸建て住宅が連なり、店舗や事務所がぽつぽつと見える。タクシーは緩やかなカーブの続く片側一車線の道を高尾山へと向かう。


 着いたのは空き地の目立つ住宅街、どの家もそう新しくは見えない。

降りた所に築五十年といった感じの戸建て住宅があって、薄汚れた表札に《中津》の文字が何とか読める。建物は残っているが空き家のまま。

 父親は沙和華が幼いころに失踪したままで、母親は高二の冬に病死。

そこからひとり暮らしでバイトを始めたようだが、口座の履歴には送り主不明の振込が毎月三十万円あってそれで高校を卒業できたようだ。その振込は相変わらず続いている。

近所で昔話を聞かせて貰う。

……

夕方まで歩いて幾つかの情報を持って帰路に着く。


「 なんぼか中津の生い立ちわかったが、まだまだ、明日も行ってくる。…… 」

一心は夕食時に家族に得た情報を伝えた。


 翌日の夕食時、聞取りの結果報告をした。

「 中津の母親はヤクザの情婦だったようだ。父親との結婚前から付き合っていて沙和華はそのヤクザの娘らしい。DNA鑑定でもしないとはっきりしないが、母親と同じ時期に働いていたバーの従業員が母親が酔ってそんな事を言ってたと思い出してくれたんだ 」

「 親父、父親は行方不明なんだよな。そのヤクザに消されたんじゃないのか? 」

乱暴なことを言い出す美紗。

「 なら、毎月振込してたんはヤクザの実の父親だぜ 」

数馬が続けて話を盛り上げる。

「 んでよ、一旦はヤクザと別れて一般人と結婚したが既にお腹に子がいた。産まれてからそれを知ったヤクザが父親を殺してよ、自分が面倒をみていたって感じじゃねぇのか? 」

一助も面白がってなのか参戦してくる。

「 わかった。わかったが、今は父親の件は忘れろ。振込口座から日時の特定と振込んだ奴の特定が先だ。な、美紗 」

一心が言うとみなの注目を集め美紗が肯く。

「 んならよ、振込人名欄の《山田一郎》ってのは? 偽名っちゅーことだな 」

「 一助、そういう事だ 」


 二日ほどして振込人が特定された。

美紗が朝食時にある銀行のATMを使って振込んでいるカメラ映像を家族に開示したのだ。

「 これって、あいつだ。間違いない 」

一心は思わず叫んでしまった。

「 奴から髪の毛貰ってくる。美紗、中津のはあるよな 」

美紗が肯く。

食後のコーヒーを啜り終え静を連れて再びまっ黒なビルへ向かう。


 夕方、美紗が社内情報をハッキングした結果だと言って、

「 《MY食品》に《九龍貿易》という取引先があるんだが、実在しないんだ。そんで不定期に百万単位の金がそこから振込まれてた。その振込人がこいつだ 」

美紗がテーブルに置いた写真には今朝のと同じ人物が写っている。

「 そっか、こいつら昔から取引先だったのか、それで中津が就職した訳がわかった 」

一心の持つ謎のひとつが解けた。

「 それからな、中津に時々宅配便が届いてんだけど、数十社調べて該当業者の集配システムを覗いたら、《山田一郎》って奴が送ってた。で、依頼書も画像として取込んでたんで印刷したから筆跡鑑定もできるだろ 」

「 じゃ、その営業所へ行ってその人物確認してくれ、な、数馬 」

「 おぉ 」元気に返事をし、数馬は数枚の写真を手に飛び出して行く。


「 親父、《山田一郎》は九龍武士だったぜ、監視カメラに写ってた 」

帰所した数馬がテーブルに置いた写真は間違いなく九龍。

「 警部から電話が来てな、DNA鑑定の結果、中津沙和華と九龍武士が親子だと証明されたぞ。これで中津の絡んだ事件から俺たちは手を引く。連続殺人に傾注だ 」

「 随分と娘ぉ思いのやくざ屋はんやなぁ 」

「 んでもよ、自分の娘をヤクの取引先へ就職させてよ、それって犯罪に巻込むってこったろ。親父や母さんは俺にそんな事させたとして、なんにも思わんのかよ 」

一助が興奮気味に言った。

「 普通の親なら、そないなことできしまへん。そこがヤクザっちゅーことや 」



 数馬は、美紗がハッキングした寺守の《月間添乗スケジュール》に従って、出勤から帰宅までを一助と交代で張り付いていた。それで女装癖のあることもわかった。

月に数回浅草界隈を手帳片手に歩き回り《頼御寺宅》に近付くこともあって、何かあるのかと思いつつ尾けていた。

警察が寺守の逮捕に踏み切るという期限まで残り七日になっていて、多少の焦りもあった。


 平日にも関わらず出社しない。

「 今日さ、寺守の動きが可笑しいぜ。何かあるかもな 」親父に報告しとく。

頼んじゃいないのに一助がサポートに来た。

「 お、まだ動き無いから良かったのに 」数馬が言うと、

「 親父が行けってよ 」一助が返す。

……

一時間ほどして動き出した。

会社へ行く道とは別方向へ歩いている。

九時半を回る。

「 どこ行くんだ? 」と一助。

「 この方向だと、頼御寺家か? 」

案の定その家の近くまで行くと寺守の足が止まる。

「 お、予想通りだぜ 」家の陰から様子を窺う。


 愛美が大きなバッグを背負って母親に送られて出てきた。

寺守が塀の陰からその様子を窺っている。

「 愛美を尾行する気だぜ 」

「 んでもよ、どんな関係があんのかわかってないよな 」

一助の言う通り昨今の寺守と頼御寺家の関りはわかっていない。

数馬は思う。―― 果たして戦国時代の恩義だけなのか? ……

「 ああ、だけど、これからそれがわかるかも知れんぜ。いち、親父に一報入れとけ 」

……

 愛美を尾行する寺守の尾行は浅草寺の雷門まで続く。


「 あ、愛美は男と待ち合わせだ 」一助が目敏く発見。


数馬は写真を撮って美紗に送る。「 この男だれだか調べてくれ 」

二人はにこやかに立ち話をし、男が愛美の荷物も担いで歩き出した。その後ろに寺守。

浅草駅から電車に乗り込む。

車内はかなり混雑している。同じ車両に乗って見失わないよう見守る。

品川駅で降りた。新幹線に乗る。親父に一報を入れとく。

一時間半、二人は談笑し、寺守はそれを見守っている。

名古屋に着く。

多くの乗客が立ち上がり愛美らが見えなくなる。

急に寺守が立ち上がって網棚の荷物を下ろし出口へ。

「 いち、きっと愛美が降りたんだ、こっちから降りるぞ 」

発車ベルが鳴って、……危うく降りそびれるところだった。

人混みに寺守の姿を見失った。

「 おいおい、残り七日だぜ、こんなドジ踏んだら親父がなんて言うか…… 」

数馬は必死に辺りを見回すが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る