戀歌〜RENKA〜

motomaru

出逢い

第1話

 それは突然の事だった。

土曜日の午後の事、母の杉下愛美すぎしたまなみが仕事を早退して来て

あらた、今晩大切な人と会うからこの服合わしてみて」

と、言ったのだった。

「大切な人?」

 訳が分からずポカーンとしている杉下新すぎしたあらたの肩にアレコレと取り出した服を当てながら愛美は

「お母さん、結婚する事にしたから」

と、事も無げに言った。

「結婚ッ!?だっ…誰と?」

「だから、今晩その人と顔合わせ。やっぱりコレが良いわね……」

 新がまだ幼いうちに夫と死別して以来、女手一つで新を育ててきた愛美だったが、心配した同僚に紹介された男性と少し前から交際を続けていたのだ。

「そんな急に言われても……」

新はこの降って湧いたような話に困惑している。

「心配しないで、凄く良い人だから。あ…それにね、その人にも息子さんがいて、新、お兄ちゃんが出来るんだよ〜」

愛美が新の前でクシャッと顔を崩して笑った。

「え、お兄ちゃん……!?」

 途端に新の心がときめいた。

ひとりっ子の新はずっと兄が欲しいと思っていたのだ、しかしそれは叶わぬ事だとも分かっていた。

それが義父ちち義兄あにの両方が一度にできるのだからときめかない訳が無い。

「とっても良い子だから仲良くしなきゃダメよ」

 愛美は一度だけしか会った事はなかったが、その子は性格の良さが滲み出ているような子だった。

「うん、分かった!」

 新は目を輝かせながら元気よく答えた。

さっき迄のモヤモヤとした気持も何処かへ吹き飛んでしまって、寧ろ夜になるのが待ち遠しくなっていた。


 外が暗くなり始めた頃、迎えに来たタクシーに二人は早々に乗り込んで目的地へ向かう。

新は、街の中を走る車の窓ガラスにへばり付いて、流れる景色をウキウキとした気分で眺めていた。

 暫く走った後に、灯りの点った小ぢんまりとした店の前に止まった車のドアが開いて、少しおめかしをした愛美と新が中から降りて来た。

「此処よ、ちゃんとしてね」

 何時もシャキシャキとした態度の愛美が今日はやけに優しい声色せいしょくをしている。

 店に入って愛美が名前を告げると、店員が先に立って奥の個室へ案内してから

「失礼します、お連れ様がお着きです」

と言って引戸を開けた。

 その瞬間、中年に差し掛かった

紳士と綺麗な顔をした少年の姿が新の目に飛び込んできた。

そして新は、自分をじっと見詰めているその少年の顔に釘付けになってしまったのだった。

(なんて綺麗な人なんだろう……)

新の胸に何とも形容し難い思いが込み上げてくる。

それは一瞬にして心を奪われるような、一目惚れに近いものだったかもしれない。

 背中を押されて我に返った新が愛美と中へ入ると、二人は立ち上がって出迎えてくれた。

 店員が静かに戸を閉めた。

「初めまして、國木田宗司くにきだそうしです。これは息子の匠海たくみです、よろしく」

 宗司が立ったまま、新に向って自己紹介と匠海を紹介した。

國木田匠海くにきだたくみ、中学二年ですよろしくお願いします」

続いて匠海が自己紹介をして軽く頭を下げた。

整った顔立ちに制服をきちんと着込んだ匠海が新の目には大人びて見えた。

この年頃の二歳差は意外と大きいものだ。

「自己紹介して」

 愛美が新の背中に手を添えて急かす。 

「あ、杉下新です。小学六年です、よろしくお願いします」

新がそう言って頭を下げると、宗司が頷いてから

「座りましょう」

と椅子を勧めた。

 椅子に座って匠海の方へ目を遣ると、匠海は驚くほど無表情で、人間的に何処か欠陥が有るのではないかと思わせたが、それは緊張から来るものであって、少しずつ打ち解け始めると極普通の少年の素顔を見せて新を安心させた。。

それどころか匠海は、何も言わなくても新の表情を見ただけで醤油入れを手元に寄せてくれるような気遣いをみせて新を驚かせた。

 四人の顔合わせは和やかな内に進んでいった。

 これが新と匠海の出逢いだった。


















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