第10話 愛人は逃げ出したくて現実逃避

「なんかごめんね。レオナルドも大変だったんだね」


エレナは口をついて出てしまってレオナルドの頭を優しく撫でた。そして先ほどレオナルドのお漏らしにドン引きして、愛情が幾らかは薄れた自分が恥ずかしく思えて労いの言葉をかけた。


「ありがとう。そんなことを言ってくれるのはエレナだけだよ」


レオナルドはエレナの一言に救われた気持ちになり目には涙がうすく光っていた。


「さっきの話だけど、公爵閣下がすぐ来れるの?」


エレナは眉をひそめ疑問を口にした。イリスの兄がそんなに簡単にやって来ることができるのか? 伯爵領と公爵領は遠く離れており馬車で5日はかかる。


レオナルドの話ではイリスに家を出て行くように言ったのは昨晩のことで今は翌日の朝。それなのにいかなる方法でシモンは来たのか?


さらにシモンの叫び声は妹を助けにきたという言葉から、イリスが危機に瀕していることを知られているようだ。


「あの男は飛んでくるよ」

「どうやって?」


結婚して十年以上の月日が流れているので、義理の兄シモンのことは把握していた。不思議な気がしてならないという顔で回答を要求するエレナにレオナルドは返答する。


「イリスの兄は精霊と意思の疎通ができ、自然魔法を極めた大魔導士なんだ」

「はぁ?」


普通な感じでレオナルドがシモンについて説明すると、エレナは目を見開いて驚いた声を出した。シモンは予想をはるかに上回る人物だった。


この世界の人間であれば大なり小なり全員が魔法の素養がある。シモンは神聖帝国エルサレムの第二十代ラインハルト皇帝陛下に実力を認められ、自然魔法の最高峰の大地の神アースゴッドという名誉称号を与えられた。


「そう言えば!」

「どうしたの?」


レオナルドは頭に埋もれていた記憶を呼び出すと、エレナはひたむきな表情で問いかけた。


「イリスの行動は全てチェックしてるとか言ってたな。妹を守るためとか言って」

「なにそれ怖い……」


レオナルドはシモンと以前に交わした会話を振り返ってみた。世界トップクラスの自然魔法の使い手なので、あらゆる方法を駆使して妹を守っていると話していた。


その時にレオナルドは、お兄様は凄いですねと尊敬に値する思いでシモンに言うと、運よく人より魔法の才能に恵まれて生まれてきたのなら、自分の大切な人を守るために魔法を使うのは当たり前のことではないのか? と返された。


恐れ入りますとレオナルドは言い、頭が下がる思いで両手をついて平伏して恐縮したように身を小さくさせた。


「――レオナルド! なんでそんな重要なこと言ってくれないの!」


表情を変えないまま淡々と語るレオナルドに、エレナは驚きが止まらなくなる。自分の心臓の音がいやに大きく聞こえて急に怖くなってきた。エレナは現実から目を背けたくなり現実逃避の世界を行き来した。


エレナは睨みながらレオナルドを追及する。幼馴染同士の二人は長期にわたる愛を実らせるために、妻のイリスを追い出そうと今回の計画を実行した。それなのにシモンという重要な点を教えなかったのかとエレナはレオナルドを責めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る