第10話 接触

僕はパーフェスト祭で盛り上がる広場を息を切らして走った。オリエンに頼られたのが凄く嬉しくて僕の気分は簡単に弾む。

数カ月前の倒れてから目を覚ましてすぐ、オリエンが森にギフトを試しに行ったあの日、彼は僕についてこないほうがいいと言った。それは僕が弱くて、それを心配してくれたからだ。優しいオリエンのことがもっと好きになったけど、弱いままじゃオリエンを守れない。だからその日から僕は魔法と基礎体力の特訓をするようになった。特訓の成果で変態野郎からオリエンを守れたし、こうやって最近では頼ってくれるようになって、僕はそれが嬉しくて嬉しくて堪らない。

でも今日は用意が足りていなくてオリエンがずぶ濡れになって…その、服が透けちゃってたし…そのせいでオリエンが女性物の修道服を着る羽目になってしまった。

他の人に見られたら嫌でマントを押し付けちゃったけどオリエンは快く承諾してくれて、さらに僕にローブまで貸してくれた。

本当に優しい。それに言ったら怒られるかもしれないけど、シスターさんの服は凄く似合ってて可愛いかったし、照れて頬が髪と同じくらい赤くなっていてそれも本当に可愛かった。

ただその服がグレイデンから借りたものっていうのは少し嫌だけど…。

でも、オリエンは今僕と遊んでくれているし、エリックじゃなくて僕を頼ってくれた。だからモヤモヤよりも今は嬉しさの方が何倍も大きい。


「っあった!」


走りながらそんな事を考えているとやっとオリエンが言っていた、ほくろのある猫のぬいぐるみがあった。さっき魔射的をしている時にオリエンが見ていた気がして覚えていたのだ。


「まだ取られてなくてよかった…」


息をつくと直ぐに僕は項垂れている店主さんにお金を差し出した。


「1回お願いします」


「あぁ、…て、あんたは…!!」


店主さんは僕の顔を見ると顔を顰めた。何故だろうか。


「勘弁してくれ!!お前らのせいで景品はもうほとんどない!!」


どうやらさっき取りすぎてしまったらしい。確かにオリエンへのプレゼントを取ろうとしたらエリックが「俺の方が沢山取ったぜ!!」て煽ってきたから、つい挑発に乗ってしまっていた。でもそのせいでやらせてもらえないのは困る。せっかくオリエンが僕を頼ってくれたのに手ぶらで帰るわけにはいかない。


「景品は一つしか取りません!!1回だけでいいのでお願いします!」


大人しく頭を下げてお願いをする。すると、店主さんは周りをキョロキョロと気にしだして、バツの悪そうな顔になった。


「やめろっ誤解されるだろ!!」


何故焦っているんだろうか、気になって顔を上げると店の前を通る人々が子供に頭を下げさせていると、ヒソヒソ話している。店主さんはこれを嫌がっているようだ、これは使える。僕は今度はわざと大袈裟に頭を下げる、すると店主さんは狙い通り狼狽えた。


「わかった、わかった1回ならいい!だから頭を上げてくれ」


上手くいってつい口角が上がる。


「ありがとう!おじさん」


店主さんに許可をもらうと僕は的に手を構えた。魔射撃は好きな魔法で浮いて逃げる的を撃ち落とせば1点もらえて、連続で当てられた数の合計で点数が決まる。ほくろのある猫のぬいぐるみは十点でもらえるようだ。

僕は目をつむり自分の体を巡る魔力を感じ、深く呼吸をした。


「【ウォーター】」


ウォーターは中級水魔法、さらに魔力をかなり込めた。だから、水は僕の手から滝が落ちるよりも早く発射された。それは的が逃げる暇を与えずに中心を貫く。


「よしっ!」


調子がつくと一つ、また一つと的を貫いた。そして十点を集めると手を下ろす。これでオリエンが欲しいぬいぐるみを貰える。


「…はぁ、あんた何者だよ…そんな背丈で中級魔法ぶっ放すとかよぉ」


店主さんはその様子にため息をついた。


「おじさん、そこの猫のぬいぐるみちょうだい?」


「無視かよ…」


景品棚を指さすと店主さんは猫のぬいぐるみを僕に手渡した。

これで…これでオリエンが喜ぶ…


「ありがとう!」 


微笑んでそう言うとオリエンが待っている場所へ僕はまた息を切らすほど走った。


「ねぇ、知ってる?」

「ん?」

「今可愛い女の子をターゲットにした人さらいがいるんだって」

「なにそれこわ~い」


すれ違った人達の会話が他の雑音を無視してクリアに聞こえる。


「…大丈夫だよね」


胸がざわめき僕は速度をさらに上げてオリエンのもとに走った。


でも、オリエンは何処にもいなかった。


「オリエン…?」


ベンチにもいない、近くの出店にもいない、でも途中ですれ違うことはなかったから、近くにはいるはず。心臓が嫌な予感がしてドクン、ドクン、と強く鼓動した。ぬいぐるみを強く握る。

大丈夫なはず、オリエンは強いしそれに、一応エリックだって側にいたはずだ。そう自分を納得させようとするが、心臓はまだ恐怖で震えている。

まさか、オリエンが攫われちゃった…?

オリエンならあり得る、オリエンは可愛いし、今女装をしている、十分に可能性がある。


「いやっ!!!」


駆け出しそうになったその時、甲高い女の人の声が響いた。


「オリエンっ」


もしかしたらオリエンが関係しているかもしれない、そう思い地面を蹴り上げ、全速力で声の聞こえた場所へ駆け出す。

オリエンお願いだから無事で居て、そう願ってぼやける視界の中声の聞こえたほうへ走る。すると、汚れのない水を噴き出す、とても大きい噴水が見えた。


「この魔女が!!」


水が噴き出す音に紛れて男の人の怒声もうるさいくらい聞こえる。水が引くと噴水の裏に人影が見えた、人数は4人、そのうち一人が髪を引っ張られているようだ。

その中にオリエンの姿は…ない。

早く他の場所を探さなきゃいけないのに、僕はそれを黙って見ていることはできなかった。髪を引っ張られている女の人が自分と重なったからだ。噴水の影に隠れて手を髪を引っ張る男に構える。


「【リーフ】」


発すれば蔦が四人に向かって伸びていく、魔力あまり込めなかったから怪我はしないだろう。でも、簡単には動くことはできないはずだ。口に蔦を回して喋れなくする。そしてゆっくりと女の人に近づいた。


「逃げな」


そう言うと引っ張られていた彼女の髪が揺れた。白髪…僕とは真反対な色だ。


「あ、ありがとう」


「別にいいよ」


オリエンならもっとかっこよく助けるだろう。でも、僕にはこれで精一杯だ。

それに、早くオリエンを探しに行かなくちゃ…。

そう思ってその場を後にしようと足を進めたその時。


「まって」


女の人が僕の手を握った。手は震えていないし、顔に怯えも、悲しみもない。

何故僕は引き留められてるんだろう…。


「ごめん、僕急いでて…」


「オリエンの場所、私わかるわ」


「え……?」


白髪を揺らしながら彼女は真っ直ぐに言った。おかしい、僕がオリエンを探していると何故知っているのだろう。


「…ギフトで心が読めるの」


話しかけていないのに思っていたことに答えが返ってくる。嘘はついていないようだ、それなら早くオリエンの場所を教えてもらわないと、いやそれよりも早くオリエンが無事なのかを先に知りたい。


「ここで話すのはなんだし、人気のない場所で話しましょう?」


「わかった…」


彼女はマチルダと名乗ると広場から遠ざかった。そして、人が見えなくなるとやっと足を止めた。


「ねぇ、オリエンていったい何なの?」


振り返るやいなやマチルダは首を傾げた。質問の意図がよくわからない、それに質問にゆっくりと答えている暇は僕にはない。


「悪いけど…」


「大丈夫よ、オリエンはエリックって人と花火を見に移動してただけ。貴方が心配してることは全く起こっていないわ」


どうやら僕の思考はお見通しらしい。オリエンがとりあえず無事な事に緊張が緩む。

本当に良かった…オリエンにもし何かがあったら僕は…


「後で何処にいるかも教えてあげる、だから私にオリエンのことを教えて」


「…悪いけど簡単に教えられない。先に教えて、何処でオリエンのこと知ったの?」


オリエンにマチルダという名前の友達はいない、それに仲良くなったばかりの友達というわけでもなさそうだ。今知り合ったばかりのマチルダを信用できるはずがない。オリエンに害をもたらす可能性だってある。


「貴方は簡単に騙せなさそうね…私は昨日オリエンと知り合ったの、オリエンが私のことをずっと見てきたから、話しかけてそれでね」


「昨日…?」


そう言えば、オリエンが昨日寝る前に女神と会ったと言っていた。聞けばそれはパーフェスト様のことではなかった。

もしかして…オリエンが言ってた女神…?


「私は人間よ。でもそうね、彼なら私のことを女神と呼ぶかも知れないわ」


「なんで…」


マチルダは微笑む。いったい昨日何があったのだろう、なんでオリエンはマチルダを女神なんていうんだろう。まさか、マチルダに一目惚れを……

そう思うと胸がキュッと締め付けられる。お願いだからこの考えは間違えであってほしい。


「私は答えたわ、貴方も答えて」


僕の心は読めているはずなのにその答えは教えてくれない。何故そんなにオリエンのことが知りたいのかはわからないが、一応オリエンに危害を与えるつもりは無さそうだ。


「オリエンは何処に住んでるの?」


僕は仕方がなく口を開く。


「…ググレ村」


「あら、かなり遠いのね…村から出たことは?」


「ギフトの付与式と今回だけ」


次々にされる質問に答える、しかし何故マチルダはこんなこと聞くのだろうか。


「ギルド付与式の時は何日間滞在したの?」


「その日のうちに帰ったよ…、倒れちゃったから」


「……そう」


あの光景は思い出すだけでも冷や汗が溢れる。突然倒れて、駆け寄れば火傷しそうなほど熱くて、目をずっと覚まさなくて、本当に生きた心地がしなかった。


「……貴方、オリエンのこと大好きなのね」


「えっ」


質問が止まったと思ったら突然マチルダが微笑んだ。心臓が図星を突かれてキュッと縮こまる。僕は手をあたふたと動かし誤魔化そうとするが、マチルダは心が読める、無意味だろう。顔に熱が集まるのを感じた時、都合良く風がそれを冷やした。


そう、とても強い風が………


「っ…!!」


ずっと気にしていたはずなのに、オリエンがいなくなったことや、今の出来事ですっかり緊張が消え、油断してしまった。オリエンが貸してくれたローブのフードが頭から落ちる、顔も、髪も全てが晒された。僕は直ぐにフードを強く被り直した。しかし、目の前のマチルダには完全に見られてしまった。この姿を見て気にしなかったのは、考える力がないエリックとオリエンにしか興味がないグレイデン…そして僕のコンプレックスを褒めて躊躇なく撫でてくれるオリエンだけだ。


「…!!」


見ればマチルダは目を大きく見開いている。驚いたのだろう、黒髪に黒目、そんな人間僕以外何処にもいない。いるとすればそれは魔族だ


「貴方も同じなのね…エリアスが何故そんなにオリエンのことが好きだか分かったわ」


しかし、予想とは反してマチルダは僕を見つめて目を伏せた。


「外見に大きなコンプレックスを持っていて、自信がない。私も同じよ」


マチルダの髪も強い風に吹かれて揺れている。そういえばさっきマチルダは髪を引っ張られていた、だからオリエンを探しているのに足を止めたんだ。髪を引っ張られると痛い、僕はそれを知っているから。


「オリエンは貴方も褒めたのね、昨日私も褒められたわ、私が気にしていた場所を心から褒めて…本当、変な人」


マチルダの声が震える。見れば目を細め、頬を恋する乙女のように染めていた。僕はそれを見て耐えられないほど胸が苦しくなってモヤがかかった。マチルダに虐められたわけじゃないのに、オリエンが褒められて嬉しいはずなのに、何だか凄く嫌だ……


「心配しなくても、助けてくれた人の好きな人を奪うような真似しないわ」


マチルダはすぐに顔色を直して僕を見つめた。それでも胸のモヤは晴れない。


「…ねぇ、エリアスまた貴方に会いに行っていい?

貴方達がどうなるのか、知りたくなってしまったの」


マチルダがググレ村に…オリエンのもとに…?


「……ふふ、嫌そうな顔。心を読むまでもないわね」


考えるより先にそうマチルダは笑う。さっきから僕は変になってしまったようだ。マチルダは僕の黒に嫌悪しなかったのに、悪い人じゃないのに、どうしても好きになれない。でも…


「いいよ…来な。オリエンもきっと喜ぶ」


そう答えた。昨日の幸せそうなオリエンを忘れられなかったのだ。僕はオリエンに幸せでいてほしい、それにマチルダは良い人だ、断る理由がない。


「…ありがとう、エリアス」


マチルダはそう言うと目を潤ませた。胸が裂けそうなくらい痛い、それに頭がズンとして重い。オリエンのことを思うといつも幸せがいっぱいになるのに、今は深い深い靄がかかったみたいで苦しい。

僕はどうしちゃったんだろう…ただ、今は早くオリエンに会いたい。

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