灯火の宴:価値を定義する者
神殿の結晶が、
ゆっくりと光を鎮めていった。
長い戦いのあとに訪れたのは――
静寂だった。
崩れかけた回廊の奥から、
傷付いた竜たちが次々と姿を見せる。
誰もが血と煤にまみれ、
だがその瞳は晴れやかだった。
「……生きてるな」
俺は深く息を吐き、腕を振った。
ヴェルザンは咆哮をあげた。
「残ってる食料、全部運び出せ。
もう戦闘はない!」
ようやく、竜たちから笑い声があがる。
緊張がほどける音が、
神殿に満ちていく。
竜の像の前に焚き火が組まれ、
崩れた柱を囲むように、
粗末な宴の席ができた。
誰かが煮物を、
誰かが焼いた魚を運んでくる。
「これ、もう干からびかけてたけど……食えるぞ!」
「塩気が残ってるなら十分だ!」
シルクがその輪の中にちょこんと座っていた。
一度はセントリム神殿の生贄とされ、
白龍へと強制進化させられた彼女――。
力の殆どを吸い取られ、
今は白髪の少女となっていた。
白い髪、白い肌。
青い瞳が炎の赤に染まり、
少し不安げに揺れる。
「……こうして座るの、変な感じです」
「前は天井に頭ぶつけるような体だったからな」
俺が笑うと、シルクは頬を膨らませた。
「もう、竜のときの話はしないでください」
「そうか。じゃあ――今は人間として乾杯だ」
俺は木の杯を掲げた。
「生き残った俺たちに」
「「「かんぱーい!」」」
焚き火の光が弾け、
笑い声が夜を満たした。
宴の途中、ナナが静かに立ち上がった。
ホログラムの光を纏ったまま、
まるで天使のように。
「ミチル、語りの演算、再開してもいい?」
「もう仕事モードか?」
「違う、みんなに“映す”の。
私たちがここまで来た記録を」
彼女の掌から、柔らかな光が広がる。
空中に浮かぶのは戦いの断片。
――結晶の輝き、仲間たちの叫び、竜の咆哮。
だがその映像は、やがて変わっていく。
炎に照らされた顔、笑う声、涙、祈り。
ナナは優しく言った。
「これは“勝利”じゃない。
“語りが続いた”という証拠。
それが、私たちの生きた意味」
俺は黙って杯を置く。
「……ありがとな、ナナ」
「ありがとうを言うのは、私のほう」
光の中で、シルクがそっと手を伸ばした。
ナナの指先に触れると、光が重なり合う。
「……人の形の“温度”がわかればよかったのに」
「大丈夫。記録にも、温度ってあるんだよ」
二人の光がゆっくりと重なり、
神殿全体が淡く照らされる。
老竜がうっとりと呟いた。
「まるで……灯火の祝祭だ」
その夜、誰も涙を流さなかった。
それでも誰もが、心の奥で泣いていた。
燃え残る焚き火の中で、
俺は静かに呟く。
「父さん。……俺は、もう赦すとかじゃなく、
前を向いて生きるよ」
風が吹き抜け、
ナナとシルクの光が夜空へと伸びる。
――柔らかな風が、頰を撫でるように。
その光はやがて、消えかけた星々を繋ぎ、
“次の物語”への道標となった。
それは、滅びゆく世界での、
最も静かな祈りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます