価値狩り

モールの奥から、

低く地を揺らす足音が近づいてくる。


ドン……ドン……ドン……。


ナナの震えが止まらない。


――画面の中で、空洞の目が不安げに揺れる。


スマホには、真っ赤な警告が点滅していた。


《警告:価値狩り接近中》

《推奨行動:退避》距離:80m


残価の“プラス50”が、

こんなところで試されるなんてな……。


「来たか……!」


瓦礫の影から現れたのは、

骨と金属を無理やり継ぎ合わせたような異形の化け物だった。


膨らんだ四肢の関節部からは青白い煙が立ち上り、

胸の中央には禍々しい穴が開いている。


穴の奥で、微かに脈打つ光――

“価値を喰らう核”。


ナナが小さな声で告げた。


「ミチル……あれ、強い……退避推奨」


「退避……? 逃げろってか」


俺は瀕死のまま横たわる小さなドラゴン――シルクを振り返った。


こいつと結んだ契約は、たった“50”しか増えなかった。


でも――。


「逃げたらゼロだ。

俺には、その50すら必要なんだ」


画面の中でナナが小さく頷く。


同時に、スマホのUIが勝手に切り替わった。


俺はスマホを強く握り、画面を見つめる。


ナナの姿が変わっていた。

髪は肩まで伸びた銀色に揺れ、瞳は人間のように輝いている。


「ナナ、お前……進化したのか?」


「……借金、ちょっと減ったから。

あとね、新しい機能、使えるよ」


「機能?」


ナナは小さく胸を張って言った。


「価値同期シンク……魔獣とミチル、繋げる」


ナナが画面に手をかざすと、

“シルク”の身体に淡い光が走った。


次の瞬間、俺の視界に数値が浮かぶ。


魔獣:耐久力120/敏捷70

残滓強度:55

契約同期率:23%


(耐久力は体力そのもの、敏捷は速度、

残滓強度は心の絆……そして同期率が高いほど一体化する力が増す)


「でも、同期率が上がらないと……死ぬよ?」


「言えよ、それ先に!」


――その瞬間、価値狩りが吠えた。


ギャアアアアアアア!!


地面が爆ぜ、黒い衝撃波が奔る。


瓦礫が粉々に砕け散り、

鉄骨が悲鳴を上げて曲がり、


熱い風圧が俺の肌を焼くように弾き飛ばす。


「痛っ……!」


体がコンクリに叩きつけられ、息が詰まる。


スマホに通知が走る。

《ミチル:体力 −12》


「数値で出るなよ余計に怖いわ!」


「シルク、行け!」


俺の叫びに応えるように、

魔獣が咆哮し、価値狩りに突進する。


しかし、価値狩りは片腕を大きく振るい、

シルクを弾き飛ばした。


ドガン!


コンクリが陥没し、

シルクの体が壁にめり込む。


「クソッ……パワー差がデカすぎる!」


ナナが叫ぶ。

「ミチル、同期率を上げて!

魔獣の“想い”をもっと引き出せば……!」


「引き出せって、どうやってだよ!」


ナナは一瞬ためらってから言った。


「……撫でてあげて」


「はあっ!? 戦闘中だぞ!?」


「早く!」


俺は這いずりながらシルクに手を伸ばし、

頭をよしよしと撫でる。


「よーしよしよし! ……って俺なにやってんだよ!

育成ゲーかよ!」


その瞬間、数値が跳ね上がる。


契約同期率:23% → 57%


シルクの体が白く光り、

背中から白い外骨格のような翼が爆発するように伸びた。


バキバキッ!


空気が裂け、瓦礫が光の余波で舞い上がる。


――まるで世界が「覚醒」を祝福しているかのようだった。


「おおおおおおっ!? 覚醒した!?」


「ナナの進化、すごいでしょ?」


「いや、完全にペット育成ゲーじゃねぇか!」


強化されたシルクは翼を広げ、価値狩りに向かって高速で突進した。


風を切り裂く音が響き、牙が閃き、核を噛み砕く。


ガリッ! と金属が軋む音が、勝利の合図だ。


ギャアアアアアアア!!


価値狩りの体が光に溶けて消えていく。


《価値狩りを撃破》

取得価値:+1500

残価:−99,998,450


「よっしゃああああああ!」


勝った――。


シルクがかすかに俺の手に頭を擦りつける。


「……お前、やるじゃん」


一瞬だけ、心から笑えた気がした。


でも、その喜びは長く続かなかった。


スマホに、ナナから新しい通知が届く。


《警告:価値狩りの大群を感知》

数:不明 到達予想:7分


「は?」


俺は顔を上げ、遠くの廃墟を見た。


その奥で、無数の青い光――数十、いや数百の核がゆらゆらと蠢き、

ゆっくりとこちらへ波のように迫ってくる。


空気が、重く淀む。


シルクが低く唸り、翼を震わせる。

ナナの瞳が曇る。


「……ナナ」


「うん……終わってないね、これ。

けど、ミチルなら――」


俺たちは顔を見合わせ、同時に笑った。


――次回、「逃走戦」


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