第3話 小さくて可哀想な、少女
フロリアーノさんの話はその後一昼夜続き……(比喩ではない。フロリアーノさんのお宅にお邪魔し、夜ご飯まで頂いたが、その間もフロリアーノさんはずっと喋り続けていた。一緒のベッドで、フロリアーノさんが寝落ちする直前まで話は続き、そして翌朝に再開した)
結果として、私は、フロリアーノさんの10分の1程度だろうけど、この世界について詳しくなった。
フロリアーノさんにも慣れ、後半はフロリアーノさんの話の隙をついて質問することもできた。
そして、フロリアーノさんと私は、今、ある場所に向かって歩いている。
「でも〜何のために奴隷商のところに行くの〜?」
そう、奴隷商人、ファンタジー、ライトノベルの鉄板とも言うべき存在。地球でも今なお行われている地域があるらしい。
「やっぱり、治安とか、法の動きだったりを把握しておきたいし、あとは、ニーズかな?」
「ニ〜ズ?」
フロリアーノさん、可愛いね!音を伸ばす時、ちょっと揺れちゃうのかな?可愛い!
「そう、ニーズ。今人々が求めているものは何なのか、それを掴めたら、宗教の教えに活かせる」
ハッとした顔でフロリアーノさんはこっちを見る。
「そっか〜教義とか、信仰対象とか、そういうのも、自分たちで考えないといけないんだね……!」
私も、昨日のフロリアーノさんの話を聞いて、思い出したことがある。
新興宗教、というもの。それは、伝統的な宗教と違って、近代以後に生まれた、ある意味では、神がいないと、そう広く認知された近代以後だからこそ生まれた概念。
つまり、神も悪魔もいる、この異世界においては、それこそ電気や車、銃よりも何倍も生まれにくい、そんな概念なのだ。
異世界知識で無双する、なんて作品群を、そんなうまくは行かないだろ、異世界の良さがなくなる……なんて、冷めた目で見てた高校時代が馬鹿みたいだ……それこそ、今の私が一番異世界知識を使おうとしてる。
顎に手を当てて考え込みながら歩いているフロリアーノさんを横目で見る。
この異世界に来て、一番最初に声を掛けてくれたのが、フロリアーノさんで良かった。こんなに賢くて、柔軟な思考を持っている人なんて、そういない。それこそ歴史に名を残す偉人のような人だ。
……まぁ、少し困ったこともあるけど(昨夜を思い出す)
可愛いからってなんでも許されるわけじゃないんだからね!(なお、私は許す)
なんてことを考えてたら、フロリアーノさんが言っていた奴隷商に辿り着いた。
う、強そうな人が入口に立ってて怖い……い、いや、怯えるな、私!過去の宗教絡みで何度もああいう怖い人は見ただろ!
「あ、あの……すいません……」
そうやっておずおずと私が声をかけると、相手はなんてこともなさそうに
「いらっしゃいませ!どうぞ、中にお入り下さい!ここは安全ですよ!」
なんて言うから拍子抜けしてしまった。フロリアーノさんは気にすることもなく店の中へ入っていく。慣れてるなぁ……
「さっきの人って……?」
「たぶん、見張りじゃないかな〜物騒だしね〜」
ああ、そっか……治安が悪くなってるって、フロリアーノさんから教えて貰ってたけど、言葉では実感に叶わないところもあるよなぁ……
フロリアーノさんに続いて中へ入ると、中は思ったよりも多くの人がいた。
5、6人くらいだろうか……皆、奴隷を求めてるのかなぁ。
フロリアーノさんからの情報だとここは比較的庶民向けの店らしく、実際、店の中にいる人も庶民らしい格好をしている。
因みに、ここで補足しておくと、私は最初、TシャツにGパンという格好だったが、やはり少し目立つため、フロリアーノさんの服を借りている!少しいい匂いがする!
カタログのようなものがテーブルに置いてあり、ある程度それを見て、おおよそ買う対象が決まったら店員を呼ぶらしい。
私達は店の端の、あまり目立たないカタログを取り、読み始める。
「あ、この人、高いね……」
「そうだね〜見た目がランク付けされてるね〜」
「身長とか体重って値段に影響するのかな」
「やっぱり今は物騒だからね〜警備用とか、労働用が高いね〜」
私達は二人で話しながら、カタログを捲っていると。
「あれ、この人、安くない?」
一人の奴隷が目に留まる。見た目も良いし、年齢も労働に適しているはずなのに、値段がとても安いのだ。
「あれ〜ほんとだ〜あ〜、この子は……」
「ん?フロリアーノさん、どうしたの?」
「この子は……売れないかもねぇ〜」
フロリアーノさんが呟く。私が理由を聞こうとするより前に、その理由について話し始めた。
「ほらここ、戦争奴隷ってなってるでしょ〜商業と比べて戦争は様々な面でリスクが高いの〜」
そう言ってフロリアーノさんがカタログを指し示す。
そうか……戦争奴隷なんてものもいるのか……。いや、昨日そういえばフロリアーノさんが言ってた!
(「奴隷にも何種類かいてね〜商業奴隷は借金とか〜家族のためとか〜志願する人とかいて〜比較的交渉とかの裁量が認められてるの〜この奴隷に関する法律はね〜商業連合法でおおよそ全ての国で共通しててね〜あ、商業連合法って言うのはね〜」)
な、長い!回想でも長い!
まぁともかく、戦争奴隷は商業奴隷に比べて法が厳しくて、更には扱いも難しいし商人の維持費もかかるらしい。
「それにね〜種族もあるかな、ほらここ、エルフって書いてあるでしょ〜」
あ!ほんとだ!本当にこの世界ってエルフがいるんだ!ファンタジーの題名詞!ライトノベル必須の、あのエルフが!
「この年だと〜人間なら成人してるけど〜エルフだと子供だし〜大人になるまであと百年くらいはかかるだろうから〜労働力とかとしては計算できないよね〜」
あ、そうか。私はさっき人間として色々考えてたけど、種族が変わるなら前提の常識とかも変わるんだ。
90歳の赤ちゃんが居るかもしれないってこと!?……な、なんて難しい世界……!
地球も多民族共生とか言ってるけど、異世界の方がよっぽど大変だよね〜だからこの街を見てても人間ばっかりなのかも……他種族との共生は難しいのかもなぁ……
……はっ!でも、宗教を立ち上げるなら、他種族もターゲットにしていかないといけないよね!他種族についても詳しく知ってかないといけないなんて、なんて難しい……!
「でも、なんかちょっと悲しいよね……こうやって、安い高いって付けられるの……」
フロリアーノさんはそんな私の感想を、否定も肯定もせず。
「まぁ〜みんなが求めているものが高くなるからね〜どうしても、安くなるものも出てくるよね〜」
そう言って、カタログを閉じ、私を連れて店から出ようとした。
私は、そんなフロリアーノさんの裾の先を掴んで、その場から離れられなかった。
「……フロリアーノさん。もし、この子が売れなかったら、どうなるの?」
「……あ〜、えっとね〜」
そう私が尋ねると、フロリアーノさんは少し言葉を濁すように、視線を泳がせた。
なんだってサラサラと答えてくれるフロリアーノさんが、そうやって言葉を濁すのは、きっと私のためだ。
ほんの一日も経っていないけれど、フロリアーノさんは聡明で、優しい。きっと、私のために答えたくないのだろう。
でも、私は知るべきだと思った。それは、私の我儘かもしれないし、理屈をつけるなら、きっと、そういう社会の闇を知る覚悟がなければ、宗教なんて作れないから。
ただの私の同情かもしれないし、きっとそうだろうけど、それでも、私は知りたかった。その気持ちで、フロリアーノさんの目を、じっと見つめた。
「……多分ね〜裏の方に送られるかな〜リスクは高いけど、きっとそこなら需要もあるだろうし……」
「……裏って、もしかして……」
「うん、法で守られてない奴隷達だよ。取り締まりは厳しいし〜商人にとってもリスクがあるだろうけど〜このままなら、多分」
この世界に人権はないが、奴隷に対する法はあって。
例えば、奴隷であっても殺害や傷害、子供の場合、労働を禁じてたり……そういうものがある。
それに守られないってことは、それは、つまり……。
「まぁ〜そうなるにも時間はかかるだろうけどね〜商人も捕まる可能性があるから〜よっぽどじゃないとやらないんじゃないかな〜」
そうフロリアーノさんがフォローしてくれていても、私は、ずっと胸に何か、棘みたいなものが刺さったままだった。
「……あのさ、フロリアーノさん……」
私がか細い声でフロリアーノさんに呼びかけると。
「……はぁ〜しょうがないね〜」
多分、私がその子のことを気にして、この話を聞いた時点で、フロリアーノさんは私の言うことの察しがついていたんだと思う。
そのままフロリアーノさんは店員に声を掛け、店員は少し驚いたあと「連れてきます!」と言って奥に引っ込んだ。
「商業奴隷だと〜普通に暮らしてたりもするから、交渉とかも別日になることとかもあるらしいけど〜戦争奴隷は、家とかがないから〜商人が面倒見てるらしいの。だからお金がかかるんだって〜」
「どうぞ、こちらです」
商人が鎖を引いて、その子を連れてくる。
「シェ、シェイラです……」
白い肌に、微かに緑がかった銀色の髪、少し吊り目ぎみの大きな瞳。
その子は、確かに間違いなく、美人になりそうな顔立ちで、可愛さもあり、この異世界においても、圧倒的な美貌だった。
――にも関わらず。
彼女の銀髪は埃で汚れ、肌も所々に痣と、固まった泥がこびりつき、その綺麗な顔は、ずっと絶望したかのように俯いていた。
隣に立つフロリアーノさんも、その酷い様子に思わず絶句してしまっている。
若い青年が何か必死にセールストークをしているが、そんなもの、私達の耳には入らない。
私はきっと、この異世界では通用しないほど考えが甘く、優しさなんて言うのも、ただ元いた地球の倫理観が残っているだけなのだろう。
それでも、私は、シェイラと自己紹介をした、その子を。実際に目の前にある悲劇から、目を逸らせはしなかった。
そして、フロリアーノさんも、同じだった。
元々教会でシスターをやっているような人だ。その大元に知への探究心があったとしても、根本的な優しさを彼女は持ち合わせている。
道端で具合を悪そうにしている、変な格好をした女に、躊躇せず話しかけてくれるような、そんな人だ。
だから、私達の意見は一つだった。
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