第2話 天使(?)のような人


フロリアーノさんが、曇った顔で話し始める。

正直天使みたいなその顔が曇るのも嫌だし、なんならフロリアーノさんが話したくないことならそれは話さなくていいと思うし、私だって止めたかったけど、でも話し始めたフロリアーノさんを止められるほどの勇気、あるいは道徳力、人間力は私にはなく。


「私ね、実は、神聖カシウス国出身なの」

そう、深刻そうに告げられた私は。

「……?」


「え?あの〜あそこだよ!神聖カシウス!」

なんでも大変そうにフロリアーノさんは語るが、私はそんな国なんて全く分からず首を傾げるばかり。

まぁ、(こっちの人達から見たら)異世界出身の私なので……多分、常識的な国なんだろうけど。

「ごめんなさい、ちょっと、記憶が……」

私は嘘をついた。いや、フロリアーノさんに嘘をつくのも気が咎めるけど、こんな天使みたいな人に異世界とか言って混乱させたくないし……。


「え、ああ……そうなの……そっか〜、だいぶ、ショックが大きかったのかもね……」

う、心配させてしまって心が苦しい……これも、フロリアーノさんのためだと思って、私が自身の良心に打ち勝っている頃。


「神聖カシウス国はね、この国、アンドラーシュ帝国と戦争中の国なの。私は、その神聖カシウス国で生まれて、そこの神立学校に通っていたの……だから、少し言い出しにくくて……」


ああ、そうか……。戦時中の相手国出身なら、スパイとか、そんな言いがかりみたいな疑いをかけられることも多かったんだろうな……。だから、言い出しにくそうにしてたのか。

こんな天使のような可愛らしさで(しかも性格も、困っている人に話し掛けられる、優しさの塊、性格までも天使級!)な人がスパイな訳ないのに……。


「大丈夫ですよ!私、フロリアーノさんがどんなに優しいか、知ってますから!」

身振り手振りも加えて、必死に励ます。そんな私の気持ちが伝わったのか、フロリアーノさんも

「ふふ、ありがとうね〜心花ちゃん」

なんて言ってくれた。

でもここで、一つ疑問が生まれた。どうして、フロリアーノさんはそんな国に行ったのだろう?

いや、もしかしたら彼女の優しさ故かもしれないけども。


ともかく、コミニュケーションに多少の難あり(自己評価)(幼い頃から宗教漬けだったんだからしょうがないじゃん!)な私は、その疑問を口にする。そして、それを少し後に、後悔することになる。

「その、フロリアーノさんは、なんで神聖カシウス国、からこっちに来たんですか?」


言ってからマズイ質問だったかと思った。何故なら、フロリアーノさんの顔がまた暗くなったからだ。ああ、私は成長しない!またフロリアーノさんの気持ちを沈めてしまった……。


「……せんなの」

ん?何て言った?

「……左遷、なの」


なんか凄く、現代っぽいワードが!いや、というより社会人、会社に苦しめられている人のような言葉が!?

あのフロリアーノさんから!?天使のような唇から!?


「あ、その……」

「ふふ……おかしいよね〜私、別に何かやっちゃいけないことした訳でもないのに〜」

それは、家族の何か、とかだろうか。私はもう縁を切った両親のことを思う。もし私が教団を抜けたことで何か苦しんでいるなら幸いだ、そのままあんな宗教に見切りをつけて、真っ当な道を歩んで欲しい!

「私はね〜新しいことを研究するべきだって、言っただけなの〜だって、白金教は複数の国、地域に根付いているんだから、それを活かして、文化や社会をコントロールするべきだって、そう思っただけなの〜」

……ん?何か、フロリアーノさんの様子が。というか、話している内容もおかしな方向に行ってないか?

「白金教の教えは文化や社会、経済、芸術に多大な影響を与えているだろうから〜それをコントロールできないと、いずれ大規模な文化侵略が起きるだろうし〜それに、地域や国によっても教えが多少変化しているから〜社会や地理が宗教に与える影響も大きいはずなのに〜それを研究しようとしたら、教えの冒涜とか、宗教を汚しているとか〜両親にも縁を切られて〜こんな戦時中の地域に派遣されて〜」


ま、マズイ!フロリアーノさんの瞳に光がない!

ん、というか、ちょっと待てよ、それって……

「それって、宗教学、じゃないですか?」


私は、大学で宗教学を学びたかった。宗教というものを、冷静に、理知的に分析して、捉え直す。信仰心だとか、そういったものとは掛け離れた宗教を知って、それで……


「宗教学〜!?それって、なに〜!?」

フロリアーノさんが掴みかからんばかりに体を寄せてきた!ふわりと花のような匂いがするが、それよりも、その気迫に気圧される。

「しゅ、宗教学というのは、私の故郷で……」

私は自分の知っている、聞きかじりの宗教学について語った。結局、大学で学ぶことは叶わず、知っているのは本か何かで読みかじった程度の知識だ。

にも関わらず、フロリアーノさんは大変興奮したようで。

「それ〜!それって、どこに行けば学べるの〜!私、学びたい〜!」

そうやって私に詰め寄るものだから、私もつい。

「わ、私の故郷は、多分、異世界なんです!」

なんて言ってしまった。


幸い、フロリアーノさんは異世界についての説明を聞いても疑うこともなく、信じてくれた。

「ここよりも、異世界はだいぶ文明、というか知識とか、研究とかが進んでて……」

「そっか……行けないのか〜」

そう肩を落とすフロリアーノさんは、寂しそうで。

「でも〜私が研究したいことは、間違ってないってことだから〜それだけでも良かったよ〜」


「研究、してるんですか?」

私が訪ねると、フロリアーノさんはそのふわふわした雰囲気のまま

「うん〜中々、資料とかも上手く集まらないけどね〜」

なんて断言するので。


私も、同好の士なんて言うにはフロリアーノさんほど知識欲があるわけではないけども。

それでもつい、言ってしまった。

「あの!私と、一緒にやりませんか!」

それを聞いたフロリアーノさんは、凄く、可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「でも……やるって言っても、何するの?」

「えっと、はい、そう、ですかね?」

そう返事しながらも、私は別のことを考えていた。


……私には、夢がある。

それは、もしかしたら世間的には、あまり良くない夢かもしれない。

ただのエゴかもしれないし、私の性格の歪みの象徴かもしれない。

それでも、私はその夢を。


それは、私の両親を、私自身を、嘲笑う世間に向けての復讐のようなものかもしれない。

あるいは、私達を苦しめた宗教への、もしくは、やはり私の両親への。

そんな形にならない怒りや悲しみが、歪んだ夢を作り出したのかもしれない。


それでも、私は――。


「フロリアーノさん、私ね、やりたい、ううん、やらなきゃいけない、ことがあるんだ」

フロリアーノさんは、急に話を変えた私に疑問符を浮かべながらも、話を聞いてくれる。

「それは、きっとフロリアーノさんのためにも、なると思ってる。だから……」

ずっと引き伸ばしてしまう。夢を語ることを。

それは、私自身迷っているからかもしれない。だから、その迷いを、私が自分で、打ち破らなきゃいけないんだ。


「私は……宗教を、立ち上げたい」

フロリアーノさんの目が見開かれる。

「考えて、考えて、思考と、理論を土台にして、世界を飲み込む様な宗教を」


そう、これはエゴだ。沢山の弱者を食い物にして、強者に成り上がる。そして、これまで、私を苦しめてきた全てに、両親に、宗教に、中指を立ててやりたいんだ。


「きっと、宗教学を学ぶには、資料も足りないし、それを一から産み出そうなんて考えたら、どれだけ時間があっても、足りない」

現代の研究が、数多の学者の、膨大な時間と知識の上に立っているなら、それを一から追いつこうとするフロリアーノさんは、きっと無謀だと言われるだろう。

「だから、学ぶんじゃなくて、創るんだ。私達で、創って、その全てを研究しつくそうよ」


そこまで私は告げて、顔を落としてしまった。

理屈ぶってみたって、結局、これは私のエゴだ。

フロリアーノさんが、そのエゴに付き合う必要なんて、ない。


でも、フロリアーノさんの答えは、私の予想とは違った。

「心花ちゃん、私ね〜」

フロリアーノさんは私の合わせた両手を包むように握った。

「ずっと、世界中の全てを知りたかったの。だから、沢山勉強したし、そのためなら、何だってしたの〜」


そこで、私はフロリアーノさんと目を合わせた。彼女の瞳は、とてもキラキラ輝いていた。

「でも〜こんなこと、初めて!新しく宗教を作るなんて言う人も!そんなこと、考えたこともなかったから!」


「それなら……」

「いいよ〜!やろ!私達で、新しい宗教を、新しい神様を、作っちゃおう!」

そう言って、フロリアーノさんは満面の笑みを浮かべた。

そんなフロリアーノさんが、私にとっては、神様のように見えた。


「じゃあ、その、フロリアーノさん?」

「なに〜?どうしたの〜?」

「私、異世界から来たからさ、ちょっとこっちの国とかのこと、あんまり詳しくなくて、教えて貰えないかな……」

フロリアーノさんにこれ以上負担をかけるのは、少し心苦しいけど、でも、宗教を作るって決めたのなら、この世界について、詳しくならなきゃ……!

博識で可愛いフロリアーノさんなら、きっと、優しく教えてくれるはず……!


私のその言葉を聞いたフロリアーノさんは、やはりにっこり微笑んで

「いいよ〜それなら〜最初はアンドラーシュ帝国の史実がいいかな〜それとも、聖カシウスの伝記から始めようかな〜でもでも、今の戦争に繋がる歴史なら、もう少し〜あ、そう、国同士の〜

あれも〜

あの書籍からも〜

今の風土は〜」


ひ、ひぇえ!

フロリアーノさんが壊れた機械みたいに喋り続ける!

ゆったりとした喋り方なのに間がなくて、怖い!


「でもね〜今の市場は〜

貿易が〜略奪が〜」


と、止まらない!

知識の奔流が流れ込んでくる!


フロリアーノさんって、薄々思ってたけど……


「今アレイス村付近で〜

ゴブリンとスライムが〜

あ、そう、神聖山脈付近でドラゴンが〜」


この人、知識オタクだ!!!!!

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