気がする
空空
白いアヒル、緑の庭木、銀色の車、アイボリーの外壁、レンガ色の屋根
あの家の庭でアヒルを見た。テレビのコマーシャルで流暢に保険の必要性を説く、真っ白くてぷりぷりとした水鳥を、どうしても、私はあの家で目撃した気がしてならないのだ。
表札は掲げられていない。昨今それも大して珍しくもない。名字すらも個人情報になる。電話に出るときは自分から名乗らず、相手が名乗るのを用心深く待つのだ。
アヒルの幻影がちらつく一軒家は通学路にあるので、無意識のうちに視線がそちらに向いてしまう。行きと帰りに一度ずつ。朝は車が出払っていてプランターや背の低い植木が葉を揺らす庭がよく見える。夕方は銀色の乗用車が戻り、門扉は閉められてしまうので、あまりよく見えない。
アイボリーの外壁にレンガ色の屋根を持つ平和な二階建てに、どんな人が暮らしているのかもわからない。生活のサイクルが重ならないらしく、家人は大抵、私が学校へ向かう時間帯には出かけており、私が帰る頃はもう中へ入っていた。
休日に大好きなバンドのライブへ出かけるため朝日が昇る前に出かけた日も、体調が優れず午前中のうちに早退した日も。私が出かけるとき門扉は開け放たれ、私が帰る頃に門扉は閉じられている。
ねえ、あそこのおうちってさ。夕食を温め直している兄の背中に声をかける。どんな人が住んでるか、兄さんは知ってる?
「ああ。あの、白いアヒルの置物がある家だろう? 外に置いてあるのにずっと白いままだから、まめに洗っているんだな。庭木もよく手を入れているし、しっかりした方に違いない」
アヒルの置物なんて、ない。反射的に反論する。だって私は行き帰りに何度も見ている。半ばアヒル探しに覗いているようなものだから、断言できる。アヒルに見間違うようなものだってないはずだ。
兄は白米の上にカレーの布団を均等に敷きながら、ちらとこちらを振り返ったが、軽く頷いて火を消した。
「じゃあ、きっと動いてるんだな。あのアヒルの置物は」
笑って席についた兄がそれは美味しそうにカレーを食べ始めたので、それ以上言い募るのはやめた。
換気のために細く開けていた窓の向こうで、車のエンジンがかかる音がする。まるで私たちの会話が終わるのを聞き遂げていたかのようだっだが、そんなことさえ言うまでもなく、アヒルの在不在と同じく現実には確かめようのないことだ。
ただ、車はあの家のもののような気がしたし、今なら、あそこの庭にアヒルがいるような気がした。
気がする 空空 @karasora99
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