第15話 囚われの記憶
キシールクスの伸ばした手が、夜の冷気を裂いてローザの腕をつかんだ。
鎧の手は冷たく硬いのに、その力には抗えない。
「やめろ、ローザから離れろ!」
ナジカが再び飛びかかる。だが黒鎧の将は片腕で簡単に受け止め、逆に地面へ叩きつけた。
土煙があがり、ナジカの呻き声が森に響く。
◇
「ローザ……思い出せ」
キシールクスの声が近い。
その瞳は氷のように冷たいのに、奥底には熱を秘めている。
「思い出せって……何を……?」
ローザは震える唇で問う。
「おまえが私に甘えてきた夜を。震える身体を抱き寄せたことを。
湖のほとりで笑ったことを……全部だ」
その言葉に、ローザの胸の奥で封じられていた扉がきしんだ。
景色の断片――湖、光る水面、ぴたりと寄り添う自分と、隣にいる黒い影。
◇
だが同時に、別の記憶がせりあがる。
――ナジカの声。「ローザ、泣くな」
――ユラの笑み。「おまえはおまえのままでいい」
支えてくれた、いまの家族の記憶だ。
「……違う。私は……私はもう、あの頃の私じゃない!」
ローザは必死に振り払おうとするが、鎧の手はびくともしない。
キシールクスは悲しげに目を細めた。
「そうか。ならば……もう一度、私のものとして思い出させてやる」
◇
ローザの視界が歪む。
まるで誰かに心を侵食されるように、過去の映像が流れ込んでくる。
――血の薔薇の花弁。
――甘えるように寄り添い、眠りにつく自分。
――その姿を湖面に映し、静かに見つめるキシールクス。
「いや……やめて!」
ローザは叫び、涙を流した。
◇
その声を聞いたナジカが、よろめきながら立ち上がる。
「ローザに……何してやがる!」
剣を失った彼は、素手で黒鎧へ飛びかかった。
それは無謀な行為だったが――その一瞬の隙に、ローザは腕を振りほどくことができた。
「ナジカ!」
解き放たれたローザは、すぐに彼のもとへ駆け寄った。
その瞳には恐怖と混乱、そしてかすかな決意の光が宿っていた。
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